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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第三章 魔法学校での日々
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6 憑霊術師

「ニケさん。試験の内容を具体的に教えてください」

「ニケでいいよ。敬語もなし。おれ、はっきり言って上級生の貫禄ないでしょ?」


 答えづらい質問に七々子は詰まる。

 たしかにニケに上級生の魔術師らしい威厳は皆無だ。とはいえ帀目で生まれ育った七々子には年上を呼び捨てにする習慣はない。

 どうしようかと迷っていると、後ろから溜め息が聞こえた。


「仲良しごっこならよそでやってくれないか。僕はきみたちとちがって、暇じゃない」


 侮蔑まじりの声音に、非難を込めて背後を振りかえる。

 ユーリスは七々子の視線から逃れるように煩わしげにドームの外に視線をやったが、結局は理性を優先した様子でこちらに視線をくれる。


「学年末試験で与えられる課題は毎年ちがうという話だが、ひとつだけ分かっていることがある。試験の会場が決まって海底樹海だということだ」


 海底樹海。この学校に来た日に、リリ先生と見取り図で見た場所だ。

 上層の学校の無数のドームを合わせたのと同じくらいの広大な地下空間で、なにに使うのかと思っていた。


「噂ではどんな迷宮をもしのぐ魔境で、ひと昔前は試験のたびに死人も出ていたらしい」

「まあなんていうか、一言で言うとおっかない化け物がうじゃうじゃいるやばい森ってところかな。おれは見たことないけど、ナックラヴィーや共歩きなんかも棲んでるんだって」


 ナックラヴィーに共歩き。いずれも凶悪な境界生物だ。共歩きは帀目ではドッペルゲンガーという名前の方が通りはいいが、死の予兆として魔術師にもひどく恐れられている。さしものユーリスもぞっと顔を青ざめさせた。

 それほど凶悪な境界生物と渡り合わなければならないとなると、七々子のように守りや索敵に特化した魔術師はお呼びではないような気がしてくる。


「つまり試験はあなたみたいな大魔術師の独壇場、ということ?」

「そう単純でもない。中・高等課程の実践魔術演習の目的は、魔術師個人の力量を量ることにもあるが、その最大の目的は小隊における総合的な課題解決力を見極めることにある」

「は~、小難しい言い回しが好きだねえ、ユーリスちゃん」


 ニケがしみじみと言えば、ユーリスは苛立った様子で眉を跳ね上げた。ニケはユーリスの形相を歯牙にもかけずに七々子に笑いかける。


「要するに、チームワークが問われるってこと。演習ではチームとしての総合力が問われるから、かならずしも最強の魔術師を擁する隊が試験を突破できるわけじゃない。そういう意味じゃ、ユーリスちゃんには鬼門だね。しかも組む相手がきみのファンじゃなくて、おれとナナコちゃんだなんて」


 ニケは愉しそうににんまりと口の端を上げる。

 図星なのか、ユーリスは忌々しげに組んだ足の上に頬杖をついてそっぽを向く。


「ニケさん——ニケは七年生から毎年受けているんでしょう? 試験対策にやっておくべきことはなにかある?」

「それ、おれに聞いちゃうかあ」


 ニケは弱った様子でがしがしと奇抜な色の頭を掻いた。


「そいつは毎年演習の単位を落としているろくでなしだ。なにも期待するな。初めて受ける僕やきみの方が百倍ましだ」

「ひどぉい」


 ニケはいじけたふうに、円卓の上で膝を抱える。

 七々子はなんと答えていいか分からず口ごもった。

 実践魔術演習の単位は、中等課程卒業の要件に含まれない。

 はっきり言って演習はエリート中のエリートのための科目で、卒業後の進路に一流企業や国際機関を目指すのでなければ落としてもさほど問題はない科目だ。


 ただし高等課程に進んだ学生にとっては話は少し変わってくる。

 高等課程で四回ある試験のうち——留年した場合は六回まで受けられるが——最低一回はパスしなければ落第だ。つまり、ニケにとっては今回の学年末試験で演習の単位を取らなければ、卒業を目前にして学校を追い出されてしまうことになる。

 七々子は表情を引きしめた。

 これまではユーリスに自分の手の内を明かすのが嫌で、本気で試験に臨む気など更々なかった。けれども人ひとりの一生が掛かっているとなればその認識を改めなければならないかもしれない。


「互いの長短を知って、総合力を上げていくしかない。僕がプランを練る。ツバキは得意不得意を書き出してくれ」

「……分かったわ」


 七々子はひとまず素直にユーリスに従う。なにも悪いことばかりではない。ユーリスの弱みも握れると思えば、安いくらいだ。


「おれは、おれは?」


 ニケが自分自身を指差して、アピールする。


「おまえは——」


 ユーリスはちょっと考え込むようにニケを見た。期待に満ちたきらきらとした眸でニケがユーリスを見つめる。


「なにもするな。足を引っ張らなければそれでいい」


 ユーリスのあんまりな物言いにもさして腹を立てた様子もなく、「はいはーい」と軽い調子でニケが返事をする。

 さっきも思ったが、普段そつなく外面を取り繕っているユーリスらしくないやり口だ。


「……オズマリオン。もう少し、言葉を選んだら」


 ユーリスへの反発心もあって、思わず口を挟む。彼は小馬鹿にしたように七々子を見た。


「おめでたいな、ツバキ。そいつのことはある意味、僕よりも用心したほうがいい」


 訳が分からず、七々子は唇を引き結んで探るようにユーリスとニケを見やった。

 ろくでなしだの、足を引っ張るなだの散々見下すような発言をしておいて、今度は用心したほうがいいとは理解に苦しむ。


「あー……その、ナナコちゃん。黙っててもそのうちばれちゃうと思うから言うけど、おれ、憑霊術が使えるんだよね。ていうかそれしか使えない」


 頬を掻きながら、伏し目がちにニケが告白する。七々子は目を瞠った。


 憑霊術。

 極めれば他者の意識に乗り移り、思いのままに操ることができるという魔術だ。

 秘術には当たらないが、基本的に遺伝により能力が承継される秘術よりも希少といっていい。憑霊術はいまだ体系化されていない魔術のひとつだった。

 そしてその能力の特異性から、憑霊術師は同じ魔術師にも白眼視されがちだ。


「もっともそいつは半端者で、誰かを支配するほどの技量はないようだがな。だが覗きはそいつの得意分野だ」


 ユーリスがニケの言葉を補足する。

 他人を操るほどに高度な憑霊術を扱えずとも、憑霊術師がその気になれば、相手の心や記憶を読むことができる。それゆえ、憑霊術師は精神的な拷問を行うのに最適とされ、歴史上、圧制や戦争の影にいつも悪名を轟かせてきた。


「くれぐれも心に堅固な鍵を掛けておくことだな。きみは、知られちゃ困る秘密がたくさんあるんだろ」


 嘲るような訳知り顔で、ユーリスは青ざめた七々子を見やる。

 ユーリスに言われるがままに振る舞うのは癪だったが、七々子はすぐさま精神にプロテクトを張った。これも、式神召喚術の応用だ。

 優れた魔術師は憑霊術師の存在の有無にかかわらず、常にこうしてみずからの精神を固い殻で包んでいる。

 それが闇に生きる魔術師の矜持であり、迫害の歴史を辿ってきた魔術師の生きるすべであったからだ。

 七々子はこのところの魔力消費量の増加でそこまで手が回っていなかった。

 自然、ニケを見つめる視線に警戒が混じる。

 先ほどの会話で七々子が胸のうちで感じていた疑問にぽんぽんと答えていたのも、もしかすると彼の憑霊術の力かもしれない。


「傷つくなあ。でも、ま、憑霊術師なんて信頼しちゃ酷い目に遭うからね。それが正しい」


 信頼。

 この隊ほどその言葉がそぐわないチームは他にないかもしれない。

 ユーリスは第六時の塔に関与している疑いがあり、七々子は魔術抑止機構の内通者で、ニケは憑霊術の使い手ときている。どうやってもあたたかな絆は生まれえない。


「信頼なんかなくても、試験突破はできる。僕に憑霊術を使ったら燃やすからな」

「はいはい。どうせユーリスちゃんは四六時中精神にいやらしーいプロテクト掛けてて、なんにも覗けたことはないですよーだ」


 ニケはぶーぶー言うと、ふて寝を決め込んだ。

 そうしてぎすぎすと、梣隊の初顔合わせの時間は過ぎていった。

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