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盾の魔女と魔導の杖  作者: 雨谷結子
第三章 魔法学校での日々
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2 空間転移水晶

 火曜三限は、魔法科学の授業だ。

 尾行と式神召喚術を駆使した七々子の作戦は功を奏し、ユーリスの受講している授業のトレースは今のところほぼほぼ上手くいっている。魔法科学は七年生必修で、魔術や知恵を絞らずとも自動的にユーリスが同じ講義室に現れてくれる。四六時中式神召喚術を使って疲れを感じ始めていた七々子としては、必修科目はありがたい時間だった。

 バイフ・ダッラー先生は濃い色の膚にブレイズの髪を靡かせた、白衣姿の変わり者の先生だ。

 もっとも、ローグハイン魔法学校に変わり者でない先生などいない。七々子は編入二日目にしてこの学校の真理を理解しつつあった。

 ダッラー先生のドームには年代物のドラムとベース、それにキーボードが鎮座していて、奏者もいないのに大音量のロックが流れている。漏れ聞いた話によると、興が乗った日には先生自身がギターを掻き鳴らしたり、歌い出したりもするらしい。

 そんなわけで、午後一番の昼寝時にもかかわらず、誰ひとり居眠りなどできるはずもなくみんな真面目に授業を受けていた。


「諸君、見たまえ!」


 先生が掲げたのは、掌大の玉だ。

 魔導具の発明に人生を捧げているというダッラー先生は、身体中にベルトを巻きつけていて、そこから自分の発明品を山のように吊り下げていた。


「これがなにか分かるかね? いいや、構わん。諸君に我が崇高なる叡智の深淵を覗けるはずもないことは百も承知。諸君、空間転移魔術はもう習ったのかね?」

「いいえ、先生。空間転移魔術は八年生で習います」


 生徒のひとりが答えると、ダッラー先生はひひっと独特の笑い声を発した。


「ならば聞いて驚け。これは空間転移水晶。なんとこの端正な球体には転移の魔法陣が封じられているのだよ!」


 半信半疑で、ダッラー先生が得意げに見せびらかしているがらくたじみたガラス玉を見つめる。

 空間魔術と呼ばれる魔術にはいくつか種類があるが、転移の術は中等課程必修魔術でもっとも習得が難しい魔術のひとつだ。効果はいたってシンプルで、願った場所に瞬間的に移動することができる。

 魔術師を志す誰もが物にしたいと願う、一人前の証ともいうべき魔術である。


 この魔術のなにが難しいかと言えば、一歩間違えば移動の最中に空間と空間の狭間で肉体が八つ裂きになってしまうということだ。

 そういうわけで、空間転移魔術は認定試験に合格しないと使ってはならないという決まりがある。

 そんな転移魔術をこのがらくたが——? そう疑いたくなるのは七々子にも分かった。


「諸君、左手を見るのだ!」


 ダッラー先生が指差した左隣のドームでは、初等クラスの召喚魔術の授業が行われていた。女性の教授としてはかなり若い部類のエスカ・ヴァネット先生が教える授業で、とくに男子生徒に人気があるらしい。

 ダッラー先生は水晶に向かって「ヴァネット先生のドーム」とはっきりした発音で叫んだ。

 かと思うと、その場から忽然とダッラー先生の姿が掻き消え、次の瞬間にはヴァネット先生のドームの教卓の上にダッラー先生が立っていた。


 みんなが歓声を上げ、ヴァネット先生のクラスでも三年生たちが大喜びでスタンディングオベーションをしている。

 七々子も目を丸くして、両手を上げて喝采を浴びているダッラー先生を見つめた。

 ただひとり、授業を邪魔されたヴァネット先生が教卓の陰で迷惑そうに顔を顰めていた。


 ダッラー先生はまた水晶を掲げてなにごとかを唱えると、七々子たちのいるドームに戻ってくる。そうすると、みんな押し合いへし合い、自分にもやらせてくれの大合唱だった。

 ダッラー先生は、鼻の穴を膨らませて得意満面に言った。


「いやはや私が天才であるばかりに人類の文明レベルを引き上げてしまったよ。実用化すれば二十一世紀最大の交通革命となろう!」


 たしかにこの魔導具が実用化されれば、誰でも簡単に空間転移ができるようになる。

 しかし——と、七々子は疑わしい気持ちでダッラー先生を見やった。

 そんなに素晴らしい代物なら、とっくに商品化に向けて魔法科学企業あたりが動いているのではないだろうか。

 ユーリスも同じことを思ったのか、みんなの陰で頬杖をついて成り行きを見守っている。


「もっともひとつ作るのに金がかかりすぎるのと、距離が離れるほど事故の確率が上がるので、実用化には程遠いのだがね!」


 ダッラー先生の説明に、なーんだとみんな白ける。


「しかしこれが実現すれば、非魔術師だって空間転移ができるようになるのだ! 諸君、魔法科学には夢がある。ともに魔法科学の未来を切り拓こうではないか!」


 ダッラー先生は負けじと力説して、その日の魔法科学の授業は終わった。

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