その9
「あ、アレックスさん…?」
動画に映るローは微動だにしない。しかし、よく見ると胸の辺りがかすかに動いていることから辛うじて生きてはいるようだ。だがこの動画が果たしていつ頃撮られたものなのかは分からず、今でもローが無事なのかも怪しい。
月鏡が浮かべた疑問に対し、神仏無がまるで心を読んだかのように答えた。
「心配ない。この男は生きている。この動画は我々が確保したときに撮られたものだ。今はもう少し回復して会話も滞りなくできている」
「アレックスさんが…生きている…」
良かった、と月鏡は少しだけ安堵する。だが一瞬にしてその表情を曇らせた。生きていたとしてもローは『ショーグン』の手に落ちている。いずれにしても身の安全を保証してくれるか、解放してくれるのかはまた別の問題だ。
そして何故神仏無はローを連れ去ったのか、何故月鏡の元に現れたのかも不明だ。
「この男を確保したのはほんの偶然だ。気まぐれといってもいい。本来は一切の証拠を残さず立ち去る予定だった。しかしあの男がたまたま現場で息を吹き返し、我々の姿を目撃した。あのまま放っておくことも考えたが、万が一のこともあると思い連れ出しただけだ。しかし…思いもよらぬ収穫を得た」
神仏無がニヤリと氷のような笑みを浮かべた。神仏無の表情を見た月鏡の背筋が凍る。神仏無は少し考えると手元のスマートフォンをいじり始めた。耳元に当てたので何処かに連絡するつもりらしい。
「…私だ。『ショーグン』だ。例の件だが、やってしまって構わない。無論証拠は残さずにだ。任せたぞ」
意味深なことをいうと神仏無は通話を切った。月鏡が怪訝な表情を浮かべていると神仏無が立ち上がり、病室の窓のカーテンを全て開けて月鏡に外を見るよう促した。外は既に夜更けであり、窓からは遠くに立ち並ぶビル群の夜景が見える。正直眺めはそこまで良くないが、それでも煌々と照らされる街の灯りは美しい。
が、突如その灯りの中で花火のような閃光が上がった。少し遅れて隕石が街の中に落ちてきたかのような地面をえぐる爆発音が聞こえてくる。そして先程閃光が上がったビルがどす黒い煙と真っ赤な炎を上げながら根本から崩れ始めた。その衝撃足るや遠く離れたこの病室の窓ガラスを揺らすほどであり、カタカタカタと不気味な音を立てる。
余りにも衝撃的な光景に月鏡は完全に固まり、言葉も出てこない。神仏無は外で起きている地獄のような光景を見ても動じることなく、病室に置かれたテレビを点けた。テレビは臨時ニュースとしてテロップが出ており、やがて緊急報道特番に切り替わった。
『今、入ってきたニュースです。本日夜七時過ぎセントラルタワービルの敷地内で突如大爆発が発生しました。被害の規模および怪我人などはまだ分かっていません。繰り返します…』
報道特番のニュースキャスターが焦ったように現状を説明している。これを見て満足したかのように神仏無はテレビを消した。
「ふむ、今回は上々だな。それにしても我々をコケにした罪、トリプルE社の奴等は身を持って知ることになったな」
神仏無は狂ったように笑い出した。これを見た月鏡は急いでナースコールのボタンに手を掛ける。が、それを見越して神仏無は腰ベルトに仕込んだ投げナイフをナースコールの配線に投げつけて切断した。
「無駄な抵抗は辞めたまえ。貴様にはやってもらわねばならないことがある」
「一体何を…ど、どうして俺が…?」
「あの男、アレックス・ローから貴様のことは一部聞いている。簡単なことだ、取引だよ。さっき契約していたトリプルE社とは関係を破棄したからな」
神仏無は投げナイフを引き抜くと月鏡の眼前に切っ先を突き付けた。