その7
月鏡の意識が戻ってから約一週間が経った。まだ痛みは走るものの少しずつ声を出せるまでには回復してきている。ようやく面会謝絶が解除され、何人か親族や友人、知り合いがお見舞いにきてくれた。が、その中にアレックス・ローの姿はなかった。他の人間に話を聞いても彼の行方を知る者はいなかった。
やむなく只回復を待つ中である時、一人の車椅子姿の女性が面会に訪れた。月鏡がテロ事件に巻き込まれる直前に会社に戻り、難を逃れた北條千奈津だった。北條は見舞いのフルーツの詰め合わせと花束を持ってきている。その表情は月鏡が回復した嬉しさと結果的に危険な目に遭わせてしまった申し訳なさとがない交ぜになった複雑なものである。
「ユーシュー君…大丈夫?じゃないよね…」
「ち、千奈津さん…来てくれたんですか。そちらは大丈夫そうで何よりです…」
北條の変わりない姿に月鏡はホッとした。彼女は先に会社に戻ったお陰で辛うじて難を逃れたようだ。北條は車椅子をゆっくりと月鏡の眠るベッドへ横付けする。見舞いの品をベッド横の棚に置くと北條は月鏡の方を向いた。
「酷い目に遭っちゃったね…もし私があの時、止めなければ巻き込まれずにすんだのに…本当にごめんね」
北條は顔を伏せて月鏡に謝る。時折嗚咽が混じり北條のやりきれなさが見てとれた。月鏡は北條を宥め、自分は気にしていないことを告げた。口を開くのは苦しいが、北條が目の前で落ち込んでいるのを見る方が余程辛い。
「ち、千奈津さん…俺のことより…アレックスさんは…無事なんですか?」
「!ちょっと待って、ユーシュー君」
必死に声を振り絞って苦しそうな月鏡を見た北條は何かを思い出したのか持っていたバッグからコードらしきものを取り出した。何本かに束ねたコードを伸ばすと丁寧に月鏡の頭にコードの先に付いている電極をくっつけた。
「千奈津さん…これは??」
「いいもの借りてきたの。これがあれば話さなくても大丈夫。ユーシュー君、今声を出すのは苦しそうだしね」
一通りのコードを月鏡の頭に付けると手元にある機械のスイッチを入れる。そしてラジオの周波数を合わせるようなツマミをいじって何かを調整した。
「これでいいよ。何か思い浮かべてみて」
千奈津の言葉に対して半信半疑ながら月鏡は「どういうことですか?」と頭の中に浮かべた。
「今、考えていることが分かったよ。どういうことですか?だね。これはねキングスカンパニーで開発中の人間の脳波を解析し、思考を読み取る機械だよ。これで喋らなくても君と会話ができるんだ」
(な、なるほど…本社は凄いものを開発してたんですね)
「アレックスさんのこともだけど、最初にあの時のこと教えてくれる?私と別れた後で何があったのか」
(分かりました。あの後すぐにアレックスさんとカフェの隣にある公園で散歩しようということになったんです。それでカフェを出た直後にいきなり爆発に巻き込まれて気を失ってしまったんです。だから俺も何が起きたのかまではよく分からなくて…。それにアレックスさんは一体どうなったんですか?誰も行方を知らなくて…無事なのかそれとも…)
月鏡の言葉に北條は黙って耳を傾けている。どうも何か引っ掛かるところがあるらしい。少し考え込んでから北條はゆっくりと口を開いた。
「実はね…私にもアレックスさんの行方が分かってないの」
(何ですって!?じゃ、じゃあアレックスさんは爆発に巻き込まれて…もう…)
「待ってアレックスさんが亡くなったと判断するのはまだ早いわ。今、色々関係各所に確認しているんだけど、町中に張り巡らされた防犯カメラの中に奇妙なものが写り込んでいたのがあるらしいの」
(奇妙なもの?)
月鏡は北條の言葉に首を傾げる。防犯カメラの中にローの行方の手がかりがあるというのだろうか。北條はバッグの中から二枚の写真を取り出した。北條は極秘のものであることを念押しした上で月鏡の前に写真を差し出した。
写真の一枚目はカフェが爆破された直後らしく周りに黒煙が上がり、人々が逃げ惑う姿と倒れた人々の姿が写し出されていた。事件直後の生々しさが写真から伝わってくる。倒れた人の中に自分らしき影とローと思われる影があることに月鏡は気づいた。どうやらローも爆発を受けて吹き飛ばされたようだった。
そして二枚目を北條から見せられたとき、余りにも信じがたい光景に月鏡は思わず目を見開いた。複数のガスマスクを付けた人間がローと思われる影を抱えて立ち去ろうとしているところが克明に写し出されていたからである。
(あ、アレックスさん…これはまさか…)
「これ以上の確証はないけど、何者かにアレックスさんは連れ去られたみたいなのよ。でも連れ去られた理由も行方も分からないし、全く持ってお手上げの状態でね…」
北條がガックリと項垂れている。月鏡が何か知っているかと思っていたが、月鏡もまた首を横に振った。手がかりを得られないままかと北條が溜め息をついたとき、突然月鏡が叫んだ。
「ああ!!!」
「び、びっくりした!どうしたの!?」
(す、すみません。この写真の中に知っている人間の顔が写っていたのでまさかと思いまして…)
「知っている人間?」
(俺の記憶が確かならば…『ショーグン』…彼がいる!)
二枚目の写真を見る月鏡の表情が一気に強張った。