その7
月鏡は今、目の前で起きたことが夢でないのか確かめようとした。つい数分前まで一緒にエレベーターに登ってきた姿とは全く異なる、完全に別人レベルの北條がそこにいるのである。まるで二重人格のような…それとも催眠の類なのか…。さっきまでの北條は何処へ行ってしまったというのだろうか。
「千奈津さん…!」
月鏡が北條に呼び掛けようとしたとき、神仏無が北條の前に出て視界を遮った。そして神仏無は月鏡が何かを問いただすのを見越したように口を開く。
「貴様の言いたいことを当ててやろう。何故千奈津は私と一緒にいるのか?そして何故このような行為に及んでいるのか、だろう?」
「ぐっ…」
「答えは実に単純だ。千奈津は私の弟子だからだ」
「で、弟子……?」
神仏無からの答えに月鏡は固まる。神仏無はニヤリと笑うと冥土の土産と言わんばかりにこれまでのことを話し始めた。他の配下らも北條の存在は知らなかったらしく、心なしか動揺を始めていた。
神仏無によると北條は元々紛争地帯に派遣された傭兵の父親と現地で活動していた医者の母親の間に生まれた子供だった。しかし傭兵の父親は度重なる戦闘の末に死亡、母親も北條を出産後に手放さなければならない事情があり、やむを得ず現地の人間に託したのだという。
神仏無と出会ったのは北條が10代半ばの思春期のときだった。ちょうど神仏無が自衛隊を出奔し、フリーの傭兵として各地をさすらい続けていた時期であった。敵対勢力に追い詰められ、やむなく逃げた先の廃墟に北條が武器を手に潜んでいた。彼女もまた少年兵として召集され戦いに身を投じていた。そしてそこで神仏無は驚きの光景を目にした。
「最初は自分の目が信じられなかった…。こんな小さな少女が次々と廃墟の外にいる兵士たちを狙撃して排除していく姿を見たからだ。迷うことのない少女の瞳には何かが取りついたように感じられた。情けない話だが、私は初めて心の底から身震いした。そこで本物の狂気と才能に巡り合ったのだからな。少女に惹かれたのはそのポテンシャルに無限の可能性を感じたからだ。私は戦闘が終了した後、少女をスカウトした。私と一緒に日本へ行かないかと、な」
神仏無は目が虚ろになっている北條の肩を叩いた。それに対して北條の反応はない。まるでロボットのような北條の姿に他の配下らも引いているように見える。
「そこから私は千奈津へ戦闘技術からライフハックに至る全てを伝授した。千奈津が私を主と認めるまでに至ったのはそうした経緯があるからだ。その後私と千奈津は帰国した際に政府のある極秘プロジェクトで秘密裏に召集された。公安にいた真一文字のツテを利用してな。そして私たちは政府公認の暗殺者として行動を開始した」
「「L.O.S.T」…!!」
「その通り。私たちが最初の「L.O.S.T」だ」
「バカな!ショーグン、どういうことだ!?最初の話と違うではないか!この国のパワーバランスを変える。その為にはテロによる多少の犠牲はやむを得ないと!確かにそう言ったではないか!我々はその為に貴方に付いてきたというのに!」
すると神仏無の告白に他の配下たちから声が上がり出す。どうも神仏無の発言に納得できないらしく、月鏡そっちのけで詰め寄ろうとしていた。だが神仏無は余裕を崩すことなく返す。
「「L.O.S.T」は本来の意味を見失った。もはや政府公認の暗殺者など存在しない。あるのは行き場を失った名もなき兵士」
「名もなき兵士…?」
「ショーグン、それはどういう意味か」
神仏無の言葉に答えるように月鏡は口を開いた。ようやく此処で月鏡は神仏無の真の目的を理解した。
「この国の政府への復讐なんだろ?パワーバランスとか、そんなものに全く興味なんかない。ただ個人的な復讐で多くの人間を巻き込もうとしてるんだろ?」
「…………貴様こそ千奈津に何をした?」
「な、何を、って…」
「千奈津は私の最高傑作なのだ。貴様のような自衛隊崩れの落ちこぼれに千奈津の心が乱されたのは私としては許しがたい事実だ」
「ショーグン、あんたは……!」
「ショーグン!!話をすり替えるな!」
「個人的な復讐とはどういうことだ?そんな薄っぺらい理由なのか?」
「答えろ、ショーグン!!」
北條以外のその場の全員が神仏無を一斉に睨み付ける。配下らの問いかけから神仏無の沈黙を見るにどうやら図星のようだ。すると観念したようにククク、と神仏無は笑い出した。
「ハハハ……傑作だな、どいつもこいつもガン首揃えて間抜け面してやがる。一体私の何を信じていた?「バクフ」なんて妄想に縋って必死になっていた貴様らの姿は道化以外の何者でもない。貴様らをスカウトしたのは「L.O.S.T」の標的リストに載っていたからに過ぎない。貴様らの思想や思惑など興味なぞない。貴様らは所詮捨て駒に過ぎん。このテロが終わったら用済みなんだからな!」
「「「な、何だと!?」」」
「私には千奈津さえいれば十二分だ!」
神仏無のこの言葉に激昂した配下らは一斉に銃口を神仏無と北條へ向けた。がその時突然爆音が響き、トップデッキの窓ガラスが一斉に割れ出した。爆音に気を取られてバランスを崩した何人かが窓の外へ吸い出されるように落下していく。月鏡は慌てて近くにあるポールへしがみつき、吸い出されないように耐える。
「ではさらばだ、諸君!メリークリスマス!!お楽しみはこれからだ」
「待て、ショーグン!」
そう言うと神仏無、そして北條が割れた窓から揃って飛び降りた。




