その5
12月25日。ついに運命の日がやって来た。
月鏡は前日のクリスマスイブから寝られず、酷いクマを目に作ったまま仕事をするはめになった。緊張しているのは北條とのデートだからではない。神仏無がテロを予告した日であるからだ。
「何も起きないように…無事に一日が終わりますように」
まるで呪文のように月鏡は繰り返した。約束の時が近づくにつれ、動悸も早まる。気づけば月鏡が東京タワーに着いたのは約束の三十分も前だった。東京タワーの前には以前北條が話したように高さ五メートルもあろうかというクリスマスツリーがそびえ立っている。ツリーは色とりどりの装飾が施されており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
昨日はクリスマスイブとあって多くのカップル連れが来ていたであろう。今日も家族連れや友達と思しき人々がスマホ片手に記念撮影やら待ち合わせをしている。
そんな微笑ましい中で月鏡は未だ緊張をほぐせないでいた。妙な胸騒ぎを覚えつつも平静を保とうと必死だ。何度も時計を見ながらツリーの下で北條の到着を待つ。
「お待たせ」
不意に軽やかな女性の声が月鏡の背後から聞こえてきた。月鏡が慌てて振り返ると北條が立っていた。その姿に月鏡は思わず仰け反りそうになる。
「ち、千奈津さん…その足は?」
「えっ?…ああ!この義足のこと?ついに私もユーシュー君と同じで義足デビューしたんだよ」
「そうなんですか!?何と言うか…おめでとうございます」
「プッ、なにそれ。変じゃない?」
月鏡の明後日な返事に北條は吹き出した。確かに北條はまるで健常者と変わらないスラッと出で立ちをしていた。かなり精巧な義足なのだろう。まじまじ見ても全く違和感がない。それにいつも車椅子だったのでそこまで気にしていなかったが、意外と北條はスタイルが良かった。
端から見たら自分たちはデートに来たカップルなんだろうなと月鏡はボンヤリ考えたが、すぐに雑念を捨てることにした。
「さて何処へ行きましょう」
「ねえ、折角東京タワーに来たんだし一番上の展望台まで登ってみない?」
北條からの誘いに月鏡はふと東京タワーを見上げた。東京タワーは夜景に映えるように鮮やかにライトアップされている。月鏡は頷くと北條と二人で展望台のチケットを買って登ることにした。
「義足は歩きにくくないですか?」
「全然。すっごく軽くて調子がいいのよ。もう車椅子生活には戻れないくらい」
「そうですか、それなら良かった」
「……ユーシュー君、何か固いね」
「えっ!?そうですか?」
メインデッキへ向かうエレベーターの中で北條に振られて月鏡はあたふたした。色んな意味で緊張しているが、さすがに不自然だったか。だが、北條が「L.O.S.T」ではないことを今から確認しなくてはならない。自分と一緒であれば何かしらアクションを起こすときは分かるはずだ。その時は真一文字たちに……。取越苦労であってほしい。
「だ、大丈夫です。何かデートみたいなのって久しぶりですから」
「そう?なら良かった」
下手なごまかしをしつつ、エレベーターはメインデッキへと着いた。だがクリスマスだというのにメインデッキの中は意外と閑散としており、数えられる程度の人数しかいないみたいだった。月鏡は首を捻りつつ、北條に誘われるがままトップデッキへのエレベーターへと乗り込む。
「ユーシュー君は東京タワー来るの初めて?」
「いえ、大昔修学旅行で来ました。とはいえ、ゆっくり見てられる時間が無くて記憶も曖昧なんです」
「そっか、良かった」
北條と何気ない会話しながらエレベーターはトップデッキへと向かって登っていった。そしてついに最上の展望台であるトップデッキへと到着する。エレベーターのドアがゆっくりと開かれ、月鏡と北條は並んでデッキへと足を踏み入れた。
「こんばんは、元気そうだな。何年ぶりの再会かな?そして……ご苦労だった千奈津」
横から声を掛けられたことで反射的に月鏡は振り向く。そして声の主の姿を見た瞬間、月鏡の中で信じていた何かが音を立てて崩れた。
「………ショ、ショーグン……!!??」
驚愕する月鏡の視線の先に完全武装した神仏無と複数の人間が待ち構えていた。北條は月鏡の元から離れると黙って神仏無の方へと歩いていった。




