その10
更新が途絶えてしまい、申し訳ございません。一部再開します
「此処はどこだ…?」
月鏡は気づいたら漆黒の闇の中に一人立っていた。辺りを見回しても人はおろか生命の気配を全く感じない。「おーい」と力いっぱい叫んだ声すらも闇の中に吸い込まれるように消えていく。
ハッとして自分の手を頰に当ててみる。良かった、感触はあるようだ。まるで死んだかのような錯覚に陥ったが、月鏡は何とか平静を保とうとした。
「とにかく何処か分からないが、何かしらあるはずだ。前が全く見えないけど進んでみよう」
月鏡は自分に言い聞かせるように恐る恐る一歩踏み出した。トン、と硬い何かが足に当たる。どうやら床か地面のようなものはあるらしい。月鏡は慎重に一歩一歩前へ進むことに決めた。
何故俺は此処にいるのだろう。確か真一文字と別れて家に帰ったはずだが、まるでそこから記憶がない。酔っ払った訳でも何処かで頭を打った訳でもない。
「あるとしたら悪夢、ってやつか?」
月鏡は立ち止まると自分の右の頰を思い切りつねってみた。「いででで!!」思わず口から叫び声が出る。夢…ではないのか??古典的な手段ではあるが、確かに痛覚はある。そんなバカな。
月鏡は呆然としてしばらくその場に留まっていたが、ふと顔を上げると何かに気が付いた。遥か前方に小さな小さな白い点のようなものが見える。錯覚か?と思ったが、小さな小さな白い点は徐々に大きくなってきている。何なのかは分からないが、自分以外にこの闇の中で動くものがあるのは間違いない。月鏡は慎重に進むことを忘れてその白い点へ向かって走り出した。
「頼む、何かあってくれ」
月鏡は懇願するように白い点へと近づいてゆく。白い点は確実に大きくなり、その正体が白いライトのようなものであることが分かってきた。人のような何かがライトを持って此方へやって来ている。
「おーい!!おーい!!」
手を振りながら力いっぱい月鏡は叫ぶ。頼む、誰でもいい。此処から助けてほしい。藁にも縋る思いで白いライトへと月鏡は走ってゆく。が白いライトを持つ何かを見た瞬間、突然月鏡は足を止めた。月鏡は目を見開くと信じられないと言わんばかりの表情を見せ、全身を恐怖で震わせた。
「ち、………千奈津さん……??」
白いライトを持って此方にやって来たのは確かに北條だった。だが、いつもの北條とは明らかに何かが違う。彼女は車椅子姿ではなく、二本の足でしっかりと立っている。そして月鏡を殺気に満ちた表情で眼光鋭く睨み付けていた。
一体どうして北條がいるのか。やはりこれは悪夢なのか?月鏡の思考がパニック状態に陥っていると北條がライトを持つ手の反対の手から何かを取り出した。月鏡が怪訝な表情を浮かべた瞬間、「パァン」という乾いた破裂音が辺りに響く。
「えっ……!?」
月鏡が声を上げると同時に視界が突然歪み始めた。体の自由が利かなくなり、月鏡はフラフラしながらその場へ倒れ込む。俺は一体何をされたのだ?胸部の辺りが熱く痛い。まさか…まさか……
「はっ!!!」
月鏡がカッと目を見開くと、見慣れた天井の染みが見えた。汗だくになりながら慌てて上体を起こす。急いで周りを確認するといつもの雑然とした自室の光景が月鏡の目に入ってきた。月鏡はホッとすると共に再び寝床に倒れ込んだ。
「やっぱり夢、か………良かった。でも…俺は千奈津さんを「L.O.S.T」と疑って…」
月鏡はもう一度起き上がると、自分の両方の頰を思い切り叩いた。恩人であり数少ない友人である彼女を疑うのか?自戒するように言い聞かせる。とにかく思い出したくもないくらい嫌な夢だった。
「もういい、気を落ち着かせよう」
月鏡は溜め息を付くと、テレビのリモコンを取ってスイッチを入れた。適当にチャンネルを変えていると、衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。
「キングスカンパニーが…解体……???」
一体全体何が起きた?月鏡はテレビの画面を食い入るように見ながら事の顛末を追うことにした。キングスカンパニーのCEOだったフランクという男は確かアレックス・ローと因縁があったことを覚えている。そのフランクが膨大な数の不祥事を起こし、しかも隠蔽していた事実が発覚したらしい。その中にはあの「ウロボロスの終末」事件すらも含まれていた。まさかあの事件の真実を此処で知ることになろうとは。
月鏡はテレビを見ながら呆然自失となっていた。となると…ショーグン、神仏無はどうなるのだ?キングスカンパニーという後ろ盾が消えた今、何が良からぬことが起こるのだろうか。月鏡の脳裏に底知れぬ不安がよぎった。
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「はい、承知しました。今回の指令は取り消しですね。ではしばらく小張は泳がせることにします」
一人、女性が雑踏の片隅でスマホへ呟いた。その足元には複数人と思しき影が折り重なるように倒れていた。全員虫の息なのか弱々しい。
「…そうそう。邪魔者が何人か割り込んできましたので独断で排除しました。大変申し訳ございませんが、掃除のほどお願いします」




