その9
「…よそう、その話は。これ以上の詮索は無用だ」
「どうやらその様子だと既にスパイと接触しているようですね」
真一文字の言葉に小張が口をつぐむ。どうやら小張はショーグンのスパイに何か弱みを握られているようにも見受けられる。真一文字はしばらく様子を見ていたが、小張はそれ以上スパイに関する話題に乗ることはなかった。
「ま、いいでしょう。君にも色々あるでしょうし、スパイのことはいずれ分かることです」
「……真一文字、本当にそれ以上はやめてくれ…」
「君の命にも関わる、か」
小張の体がブルブルと何かに怯えるように震え出す。真一文字は察したのかフゥーと溜め息をついた。小張に「バクフ」から手を引けとは言ったものの、想定しているよりも簡単な問題ではないか。真一文字は少し考えるとカウンター席から立った。
「もう行くのか?」
「ええ、大事な用事があるのでね」
「北條千奈津のことか?」
「現時点では確証はありません。が、重要参考人であることは間違いありません。月鏡さんを泳がせているのも彼女との接点が途切れていないからです」
「なるほど…大したもんだな。だが、近々ショーグンは行動を起こすかもしれん。不確定だが、先だって警告はしておく」
「…肝に銘じておきましょう。では小張君、ごきげんよう。次も生きて会えるといいですね」
「……冗談にしても悪趣味だ、真一文字」
小張の抗議を無視するように真一文字はバーの扉の方へと向かった。バーキッチンの後ろに居た例の無愛想なマスターに挨拶すると、バーの外へと出る。
「さてといい時間だし、本庁へと戻る…ん?」
真一文字が車へ向かおうとしたとき、大通りへの方へと歩く人の中に車椅子姿の若い女性と車椅子を押す壮年男性の姿が目に飛び込んできた。別に普段であれば全く気にも留めないのだが、若い女性の容姿に引っ掛けるものを感じた。若い女性は大きく長い筒状のものを大事そうに抱えており、後ろの壮年男性が女性の耳元で何かを囁いているように見える。
尾行するべきか?真一文字は少し悩んだが、まさかこんな所に居るはずがないだろうと思い直した。真一文字は車へ向かうと、警視庁へと戻ることにした。
……………………………………
「…………分かりました。暗殺対象は小張啓二郎、キングスカンパニー東京支社所属。対象の詳細な情報については後ほど」
先程まで真一文字がマークしていた車椅子を押す壮年男性が独り言のように呟く。壮年男性の言葉に車椅子の若い女性が顔を歪めた。若い女性の様子に気付いた壮年男性が若い女性の耳元に近づく。
「……まだ情でもあるのか?これ以上奴を生かしてはこれからの我々の活動に大きな支障が出る。これは上からの絶対命令だ」
壮年男性の言葉に若い女性はしばらく俯いていたが、ようやく理解したのかゆっくりと頷いた。若い女性の反応に満足したのか壮年男性は車椅子を大通りの方へと進め、夜の街の中へ姿を消していった。




