その7
「月鏡さんは確か小張君の部下でしたね」
「ああ。だが、かなり前のことだ。部下だったのも確か…本当に一年あるかないかだったかな」
「それにしては随分と覚えているようですね」
「…まあな。正直なところ俺はアイツを…月鏡を利用したようなもんだからな」
小張は遠い目をする。月鏡という人物に対して思うところがあるようだ。真一文字は小張の様子を見ると顎に手を当てて考え込む仕草をした。
「失礼。月鏡さんを利用したとはどういう意味ですか?」
「簡単に言えばスケープゴートに仕立てた、といったところだ。「ショーグン」とキングスカンパニーを繋ぐ為のな」
「なるほど。君にショーグンやキングスカンパニーからスパイの疑いが掛からないように月鏡さんを通してキングスカンパニーとの裏取引を結ばせた訳ですか」
真一文字からの単刀直入の言葉に小張は黙って頷いた。どこか後悔しているように唇を固く結んで下を向いている。そして先程真一文字に貸したタブレットを開くと先程の発注書とは別の画面を映し出して真一文字に再度差し出した。
「?これは何ですか?」
タブレットの画面には手紙のような文言が記載された一枚の紙切れが映っている。文言には次のような言葉が書かれていた。
『ターゲットはキングスカンパニー本社所属、ドローン開発研究部の主任研究員。名前はアレックス・ロー。来日予定は以下の通り。接触次第、抹殺せよ』
紙切れを見た真一文字の顔が強張る。しばらくすると画面の中の紙切れが燃えてアレックス・ローと思しき男の顔写真が出てきた。やがてその顔写真もカラーからモノクロに、そして真っ赤に染まると同じように燃えて無くなってしまった。すると小張がそっとタブレットを閉じた。
「これは…いわゆる指令書という奴ですか?」
「その通り。数年前キングスカンパニー東京支社近くのカフェで起きたテロ事件があっただろ」
「ああ…月鏡さんが巻き込まれたという事件ですか」
「あの事件はショーグンによる只の撹乱や愉快犯的なものではない。真の狙いはアレックス・ローの暗殺だった」
「………何故貴方がこれを?」
真一文字の怪訝な表情に小張はフゥーと溜め息を付く。すると挙動不審なまでに辺りをキョロキョロと見回した。真一文字が落ち着くように宥めるとようやく動きを止める。
「ご存知の通り俺は当時にキングスカンパニーに潜入していた。これはショーグンの命でもあり、アンタら公安からの指示でもあった。その裏でショーグンはキングスカンパニーのライバルであるトリプルE社とも取引をしていた。トリプルE社的にはショーグンを通してキングスカンパニーを潰す目的があり、ショーグンとしてもトリプルE社の本気を見極める目的でテロを起こすことを了承した」
「ショーグンはキングスカンパニーとトリプルE社の双方を取引先として天秤に掛けていた。その上で貴方を使ってキングスカンパニーのアレックス・ローの暗殺を指示。そして実行する手はずとなった」
真一文字の言葉に小張は無言で頷く。そして静かに重々しく小張は口を開いた。
「だが二つの想定外があった。まずこの指令書はトリプルE社が指示したものではないことがわかった」
「?トリプルE社ではない…とすると?」
「キングスカンパニー内部からの依頼をショーグンが受けていたということだ。要は端からショーグンはトリプルE社を見限るつもりだった」
「なるほど…ショーグンが直後にトリプルE社の社屋を爆破したのも納得ですね。妙な行動を起こしているなと思ってはいました」
「そしてもう一つの想定外。それが最も重要だ」
「想定外………まさかと思いますが、このテロ事件に「L.O.S.T」の介入があったということですか?」
小張は目を見開くと真一文字に向かって強く頷いた。




