その6
月鏡と駅で別れた真一文字はとある場所へと車を走らせた。そこは所属先である警視庁…ではなく、初めて月鏡と顔を合わせた飲み屋街の外れにある小さな隠れ家のようなバーだった。バーの入口には「CLOSE」の文字が書かれた看板が掛けられていたが、真一文字は構わずにドアをノックする。するとドアの隙間から例の無愛想なマスターが不気味な表情で顔を覗かせた。その姿はまるで『シャイニング』のジャック・ニコルソンのようだ。
「合言葉は?」
「ショーグン・ブレイクダウン」
「……どうぞ」
合言葉を確認したマスターが面倒臭そうにドアを開ける。真一文字がバーに入ると薄暗い店内の奥にカウンター席に座る人影が見えた。真一文字は人影に向かって一礼すると真横のカウンター席に並ぶように腰掛けた。人影の正体は恰幅のいいスーツ姿の初老の男性だった。
「お久しぶりですね、小張君。実に五年振り、いやそれ以上か。まさか貴方の方から接触してくるとはね」
「盗聴や尾行は大丈夫だろうな?」
「ご心配なく、対策済です。此処のマスターとは情報共有する仲間ですので問題ありません」
「何処にキングスカンパニーの回し者がいるか分からん。不用意な真似はできない」
「それにしては随分と長くキングスカンパニーへ潜伏しているではないですか?」
「いつもは昼行灯を装っているのさ。周りの連中からは閑職に追いやられて哀れな中年と見られているだろうが、怪しまれない分此方としては返って好都合だ」
真一文字と接触してきたのはかつてキングスカンパニーの東京支社にて月鏡の上司であった課長の小張だった。既に東京支社から大阪本社へと異動となっていたが、久しぶりに東京へと戻ってきたのだという。小張は何かを気にするように落ち着きなく、目の前に注がれたグラスの中の氷を揺らしている。
「…真一文字、ショーグンが動きを見せ始めている。何か近々大規模なテロを計画しているらしい」
「……証拠は?」
「実は前々からキングスカンパニーとショーグンの裏取引に関するデータを逐一保存していた。既に大元のデータは消されているが、俺が秘密裏に保管していたコイツの存在はまだキングスカンパニーにも、そして「バクフ」にも知られていない」
「なるほど、かなり危ない橋を渡っているみたいですね」
小張から渡されたタブレットに映し出されたデータを見て真一文字が呟く。データの中身は神仏無が用意したペーパーカンパニー名義によるキングスカンパニーへの大量のドローン兵器の発注記録だった。発注記録のデータを見た真一文字は思わず苦笑する。
「ショーグンは本気で戦争でも起こす気ですかね?此処まで大掛かりだと流石に笑いしか出ませんね」
「「バクフ」がヒトを掻き集められない分をドローン兵器で補おうという考えだろう。先の「ウロボロスの終末」事件が風化しつつあることもまたテロ計画の後押しになったようだ」
「いずれにせよ無視はできない状況のようですね。何とか事前に手を打つ必要がありそうだ。あまり期待はできないが上層部にも掛け合って此方も水面下で動くとしましょう。やはり貴方を「バクフ」にも潜り込ませたのは正解のようだ」
「俺はキングスカンパニーと「バクフ」の仲介人を演じているに過ぎない。俺ができるのはアンタに情報を渡すことくらいだ。とはいえ今までの過程で色々と犠牲を出したのはやむを得ないことがな」
「謙遜することはないですよ。貴方は優秀じゃないですか、小張君」
「それは皮肉か、真一文字」
やや顔を歪めつつ小張はグラスの氷を口に頬張った。ガリガリと氷を砕きつつ、真一文字をじっと見つめる。小張の視線に気づいた真一文字は静かに笑った。
「…何か他に言うことがあるんじゃないか、真一文字」
「やはり貴方には隠し事は出来ませんか。いいでしょう。これは忠告として受け取ってください。「L.O.S.T」も動きを見せ始めました。恐らく連中も「バクフ」の動きを警戒しているのでしょう」
「L.O.S.T…都市伝説の類かと思っていたが、厄介な連中まで絡んできたか」
「小張君、いいところで「バクフ」からは手を引きなさい。場合によっては君にも「L.O.S.T」の手が及ぶ恐れがある。君の為を思ってのことです」
「フッ、フフフ…今更だな。まさかアンタから慈悲を受けるとは」
「優秀な人材を失いたくないだけです」
真一文字は真顔で小張を見据えた。小張は少し宙を見ると何か思い出したのか、先程のタブレットをもう一度いじった。
「優秀といえば…ところで真一文字、つかぬ事を聞くが、月鏡に会ったことはあるのか?」
「ええ、もちろん。寧ろ先程まで一緒にいましたよ」
「なっ……!!いつの間に」
真一文字の答えに小張は驚きの余りのけ反りそうになったが、何とか堪えた。話題は月鏡のことに変わった。




