その5
「ちょっと待ってください。詳しく教えてもらっていいですか?」
斑鳩記者が鞄からメモ用の手帳とボイスレコーダーを取り出すと月鏡に迫ってきた。心なしか目が輝いているように見える。さすが記者というだけあって取材魂に火が付いたみたいだ。斑鳩記者の気迫に圧倒されつつも月鏡は慎重に言葉を選びながら北條のこととこれまでの経緯を話した。北條の身に危険が迫る恐れもあるので内密にしてほしい旨を追加しておく。
「あくまでも俺の元同僚です。それ以上でもそれ以下の関係でもありません」
「その彼女…同僚の方について現在は既にキングスカンパニーを退社されていることと車椅子を利用している他に詳しい情報はないのですか?」
「えっ?……ええと」
月鏡は言葉に詰まった。そう言われてみれば月鏡は北條のプライベートについて余り知らない。障害のことや家族構成みたいなものは以前聞いた気もするが、プライバシーのこともあって深く突っ込んだことはなかった。あくまでも仕事仲間としての関係であり、付かず離れずで今までやってきた。それ以上深くなろうとも思わないし、恐らく北條も同じ考えであろう。
その時月鏡の脳裏にいつか見た北條のお気に入りの景色が浮かんだ。薄暗い山の木々の合間から差し込む煌々と輝く幾重にも連なる都会の灯り。あの時に彼女が見せた表情と人間臭さが妙に印象に残っている。そんな北條がまさか…。月鏡は慌てて首を横に振った。
「すみません、俺から言えることはそれだけです。でも彼女は「L.O.S.T」なんかじゃありません」
「何故そう言い切れるんです?」
「それは…」
再び月鏡は言葉に詰まる。一度疑念を持つと簡単には払拭できないようだ。確かにこれまでの経緯を見ると北條と神仏無は何度もニアミスをしている。それもかなり際どいタイミングと状況下で。ホテルにおけるドローン兵器の襲撃時には北條の電話番号を神仏無がジャックして此方に警告してきた。
そう考えていくと思い当たる節は幾らでも出てくる。本当に北條は何も知らないのだろうか?彼女は「L.O.S.T」の関係者なのか?はたまた神仏無の内通者なのか?
月鏡の頭の中に幾つもの疑惑が浮かび上がってくる。それと同時に誰が「L.O.S.T」であってもおかしくない現実に身震いさえしてきている。月鏡の不安を感じ取ったのか真一文字が月鏡の肩を叩いた。
「大丈夫ですか?少し休みますか?」
「あっ…大丈夫です。たぶん」
「……少し混乱されてるようですね。本当はもう少しお話を聞けるといいのですが…」
斑鳩記者が残念そうにしていると、不意に真一文字の携帯が鳴った。思わず全員が身構える。真一文字は宛先を見ると、携帯を取った。
「はい、真一文字です。………なるほど、承知しました。これからそちらに向かいます。で、証人は確保してもらえますね?……はい、よろしくお願いします」
真一文字は携帯を切ると斑鳩記者に一礼した。どうやら急用が入ったらしい。斑鳩記者はまた聞き取りしたいので連絡をするように月鏡に念押しすると、静かにその場から去っていく。心なしか尾行を気にする素振りを見せつつ、闇の中に消えていった。
「さて、月鏡さん。申し訳ないですが、急用が入りましたので私は移動します。最寄り駅まではお送りします」
「は、はあ。ありがとうございます」
「もちろんお分かりいただいていると思いますが、今回のことはくれぐれも他言しないように」
真一文字は釘を刺すように忠告する。正直なところ月鏡自身まだ真一文字のことを完全に信用し切れていないところがあったが、静かに頷くと真一文字の車に再び乗り込んだ。月鏡を送り届ける間、真一文字は終始無言だった。何か思うところがあるのか。もしくは月鏡の動揺に気を遣っているのか。月鏡はぼんやりと北條のことを考えていた。
「もう一度会うべきなのか」
真一文字にも聞こえないよう月鏡はポツリと呟いた。




