その3
小張課長から連絡があった翌日、月鏡と北條はキングスカンパニー本社からの出向者を出迎えるため、空港へと朝一番で向かった。空港へ向かうタクシーの中で二人は簡単な打ち合わせを行う。
「ええと、何て方でしたっけ?」
「ロサンゼルスにあるキングスカンパニー本社所属、ドローン開発研究部の主任研究員で名前はアレックス・ロー。ちなみに本社から送られてきた顔写真はこれよ」
月鏡は北條からアレックス・ローの写真を受け取る。ローと呼ばれる男はアジア系と白人のハーフらしく所々白髪の混じった年配のようだった。少なくとも月鏡たちよりも年上である。
写真の表情だけで見ると極めてとっつきにくい印象を受ける。写真を眺める月鏡の表情がやや歪んだ。
「ユーシュー君は会うのが嫌なの?」
「いえ、何というか…この人すごく我々と話が合いそうにないというか、やりにくそうだなと思って」
「正直ね。ま、私も写真の第一印象はユーシュー君と一緒なんだけどさ」
「で、相手と合流したらどうするんすか?」
「ひとまず東京支社に一緒に行く予定。まずは挨拶からね」
月鏡と北條が話している内にいつの間にかタクシーは空港へと到着していた。月鏡がタクシーから先に降りて北條の車椅子を用意する。北條がタクシーから車椅子に乗るのを確認すると、月鏡は北條の車椅子を押しながら空港の構内へと進んだ。
「悪いね、ユーシュー君。人に押してもらうくらいなら電動車椅子の方がいいんだけど、体が鈍らないようにわざと普通の車椅子にしてるんだ」
「別にいいっすよ。これくらい軽いもんです」
空港の構内を少し歩いていくと、二人はローと待ち合わせを予定しているラウンジに着いた。手元の顔写真を見ながらローと思しき人物を北條が探す。月鏡も車椅子を押しながら一緒にラウンジ内を見渡していた。
「千奈津さん、いないですか?」
「うーん…どうにもそれっぽい人が見当たらないのよね。まだ到着していないのかな?」
「でも搭乗予定の便はもう着いてますよ」
「じゃあこっちに向かっている途中かな」
そういうと北條は月鏡にラウンジの空いているテーブル席に座るよう促した。北條は車椅子を旋回させると月鏡の座る席の真向いに車椅子を停めた。そしてテーブルの上に置かれている小さなメニュー表を手にして月鏡の方に向ける。
「相手が来るまで少し休憩しよう。ユーシュー君はホットコーヒーでいい?」
「あ、はい。わざわざすみません」
「じゃあホットコーヒー二つ注文するね」
「いや、三つにしてもらおう」
突然横から二人の会話に割り込む声が聞こえた。声は壮年の男の落ち着いた低い声である。二人はテーブルのメニュー表から慌てて声の主の方に顔を向けた。
テーブル席の横に立っていたのは白髪交じりのアジア系男性だった。やや険しい顔つきをしているが、目元はどこか穏やかな印象を受ける。驚いた北條は手元の顔写真を二度見した。月鏡は男の放つ何とも言えないオーラに圧倒されて固まっている。
「え、えーともしかしてですが…アレックス・ローさん、でよろしいですか??」
「ああ、遅れてすまない。此方の空港が入り組んでいて此処まで来るのに少し迷ってしまった」
男の正体は二人が出迎える予定のアレックス・ローだった。我に返った月鏡が慌てて立ち上がり、ローへ右手を差し出す。ローは怪訝な表情を浮かべたが、気を取り直して月鏡と握手した。
「ナ、ナイストゥミーチュー…」
「日本語でいい。多少なら会話くらいできる」
「アレックスさんは日本語がお上手なんですね」
「まあ、昔留学したことがあってね」
ローが少しはにかむ。ホッとした月鏡と北條は改めて日本語でローに自己紹介した。月鏡から名刺を渡されたローが月鏡の名前を見て目を丸くする。
「君はユーシューっていうのか?」
「ええと、優秀と書いてまさひでって読みます」
「ふむ…まあ言いにくいからユーシューでもいいか?」
「え…はい。だ、大丈夫です」
ローからの提案に月鏡は思わずたじろぐが、その様子を見た北條はクスクスと笑っている。北條はホットコーヒーを改めて三人分注文するとローに席に座るよう促した。
「アレックスさん。到着して早速なんですが、これから私たちと一緒に東京支社に向かっていただきます」
「ああ、其方の段取りはある程度聞いている。しばらくは此方で仕事する予定だ。今後の業務や方針について詰めておくとこがあるしね」
「あと今日の業務終了後にアレックスさんの歓迎会を予定しているのですが、いかがでしょうか?一応東京支社の人間を紹介したいので…」
「…本当は群れるのは嫌いなんだが、其方からのせっかくの好意を無下にもできまい。仕方ないから行かせてもらうよ」
ローは深い溜め息をつくとやや面倒臭そうな返答をした。月鏡と北條は顔を見合わせて、やはり印象通りとっつきにくい人だと小さく呟いた。