その6
12月25日になった。その日月鏡はいつもより早く仕事を切り上げると、その足で商店街へと向かっていた。粉雪がちらつき始め、さながらホワイトクリスマスの様相を呈してきている。とはいうものの月鏡にはそんなロマンチックな光景には全く興味はなく、急いで夕飯の客でごった返すスーパーに飛び込んでいった。
スーパーの惣菜を手に取りながら月鏡はこれからのことをぼんやりと考えていた。このまま今の仕事を続けられるのか、いつまたテロの標的になるかもしれない恐怖とずっと戦い続けなければならないのか。出口の見えない状況に疲弊して足取りも重くなる。世間のクリスマスムードの華やかさがより一層月鏡の孤独の影を色濃くさせていた。そんなモヤモヤを振り払うように月鏡は小さな苺のショートケーキをカゴに入れるとそのままレジへと向かった。
「さてと、これで足りるかな」
月鏡が財布の中身を確認しようとしたとき、見覚えのある人影が視界に現れた。黒い長髪を後ろに束ねた右頬に大きな傷のある壮年の男…そして男の殺気に満ち溢れたオーラと鋭い目つきは忘れようもないくらい月鏡の脳裏に焼き付いている。
「ショ、『ショーグン』…?!」
月鏡は思わず固まってしまう。慌てて目を擦ると、先程の視界から神仏無と思しき人物は居なくなっていた。恐怖に怯える余り幻覚まで見えるようになったのか。月鏡は気持ちを落ち着かせるとレジを通して、スーパーを出た。
スーパーの外は雪が勢いを増しており、粉雪からぼた雪に変わってきた。この分では夜半中降り続くであろう。明日は積もっていそうだ。月鏡は身に付けたコートのボタンを首元まで留めて、足早に帰宅することにした。
「それにしても先程見た『ショーグン』の影は何だったんだろう…ついにノイローゼになってきたかな…いよいよヤバいかもしれない」
月鏡は独り言のように呟く。コートの隙間から雪が入り込んできて冷たい。もう少し急がないと風邪をひくと月鏡は更に早足になった。義足は滑り止めが付いているものの中々の重量のため、早く動かそうとすると結構な運動量になる。月鏡も普段鍛えているとはいえ、息が切れそうになるくらいしんどい。
商店街の中を進んでいくと目の前にパトランプの付いたキャタピラー付きの警備用のドローンが複数台停まっているのが見えた。この雪と寒さで不具合を起こして立ち往生してしまったのだろうか。パトランプのみが虚しく回り、全く持ってドローンたちは動く気配がない。月鏡は避けて通ろうとしたが、警備用のドローンたちはいくつにも連なり完全に道を塞いでいた。年の瀬で買い物客でごった返す中、この状況は非常に迷惑なものである。文句を言う人も出てきており、警察に通報したり商店街の責任者らしき人間が出たりと事態の収拾にあたっている。
月鏡は溜め息を付くと元来た道を戻り、遠回りして帰ろうとした。しかし振り返ると再び視界に神仏無と思しき人物が現れた。再度目を擦ってみたが、今度は明らかにその姿が見えている。しかも月鏡に視線を向けており、様子を伺っているようだ。月鏡は急いで商店街の脇道へと逃げ込む。
「クソっ!何でこんな時に…」
月鏡は神仏無をまくため、小さな雑貨店に逃げ込んだ。雑貨店には何人か客が居るものの急ぎ足で入ってきた月鏡のことには誰も気に留めていない。月鏡は平静を装って外の様子を伺った。
「…どうやら上手く逃げられた、ようだな」
月鏡はホっとして雑貨店の中を見回すと一本の傘を取ってレジへと向かう。さすがに傘がないと道中雪まみれになりそうだ。月鏡がレジで財布を出そうとしたとき、横から黒い革手袋を付けた腕が伸びてきて先にお金を出した。
「外の雪がヒドくなってきた。このまま歩いてつもりならこいつは私が奢ろう」
鋭い壮年男性の声に慌てて月鏡が振り返るとそこに居たのは不気味に微笑む神仏無の姿だった。月鏡は生唾をゴクリと飲み込むと、持っていた買い物袋を床に落とした。




