その3
席についた月鏡の前に真一文字からのカクテルが置かれた。月鏡が真一文字をチラリと横目で見ると、コクリと頷いている。では遠慮なくと月鏡は一思いにカクテルを飲み干した。
「一気にいって大丈夫ですかね?すぐに酔いが回るのでは?」
「いえ…ご心配なく。こう見えて酒には強いので。あ、同じやつおかわりください」
月鏡は心配する真一文字を制した。正直にいうと北條と飲んでいた店の時点でかなり酔いが回っていたのだが、先の真一文字からの名刺を見て一気に酔いが覚めたところだった。一応飲み直しになるが、それでも理性が強く働いているせいで酔うに酔えない。早くこの場から出たいとこである。
「さてそろそろ本題に行くとしましょうか」
真一文字がカウンターに両肘を付くとフッーと深呼吸した。ゴクリと月鏡は生唾を飲み込む。
「単刀直入にいうと私が貴方に聞きたいのは2年前に起きたカフェ爆破事件と5つ星ホテルでのドローン襲撃事件との因果関係です。月鏡さん、貴方は双方の事件に関わりを持っている唯一の人物だ。だからどうしても何かしらの情報がないか聞いておきたいのです」
「…その辺の話については散々警察にも話しました。結局俺が話した内容についても確証が取れないまま、全て有耶無耶になって終わったはずです。後はアメリカに帰ったアレックスさんに事情聴取するしかありませんが、何も変わらないと思いますよ。それに…」
「それに?」
「アレックスさんとはもう連絡を取ってませんし、消息も不明です。まだキングスカンパニーの所属だと思うのでそちらに聞いたらいかがですか?」
月鏡は真一文字を牽制するように返した。月鏡の的を得ない答えに対して真一文字は宙を見て少し考えている。
正直にいうと月鏡はこの時嘘を付いていた。本当はアレックス・ローとはキングスカンパニーを去った後もテロ事件に関する情報交換等のやり取りを続けている。更にいうと今日、北條と会う前にもローに連絡していたところだ。
ロー自身は相変わらずキングスカンパニーに在籍しているが、ドローン襲撃事件の際に負った傷が原因で感染症を引き起こしてから閑職へと追いやられたのだそうだ。病気療養と体よくいっているが、要は使えないから左遷である。しかしローはこれ幸いと上層部の目の届かない所で独自に神仏無のことを探っているらしい。これまで得られた情報についても月鏡と共有している。
だが…いくら真一文字が公安の人間とはいえ、ホイホイと簡単に情報を渡すほど月鏡も愚かではない。何処にスパイがいるかも分からないし、いつ命を狙われてもおかしくないからだ。もしかしたら真一文字自体が『バクフ』や神仏無と繋がっている可能性も否定できない。ここ数年で月鏡はすっかり疑心暗鬼になった。
「今更何故あの事件の因果関係を調べるのですか?先程いったように警察としては終わったものとして処理されたはずですが?」
「その通り、警察としてはこの案件は終わったものです。が、私自身としては現在進行形の話なのですよ」
「なんですって?」
真一文字の発言に月鏡が驚いた様子で返した。隙を見せた月鏡に対して真一文字はこの機を逃すまいと畳み掛ける。
「…テロ事件の後、貴方は確かに接触したはずだ。奴と…『ショーグン』と」
「………」
真一文字は月鏡の眼前に迫るように近づく。月鏡は声に詰まった。何故真一文字は『ショーグン』と月鏡が接触したことを知っているのか。警察の事情聴取にはこの話を出していなかったのに。
「……分かりません。『ショーグン』って誰ですか?」
「とぼけるのもいい加減にしなさい」
真一文字の口調が変わった。此処まで来たらもはや尋問である。月鏡の目が泳ぐ。
「白を切るつもりならいいでしょう。しかし私個人としては是非とも貴方を味方に付けておきたいと思ったのですがね」
「…味方…?」
「本当に奴と戦うつもりなら一人では絶対にダメだ。貴方が思っている以上に奴は強大な存在になっている」
真一文字の言葉に月鏡は首を傾げた。一体どういう意味なのだろう。月鏡の疑問に対して真一文字が溜め息を付きながら答えた。
「何故…そこまで事件に拘るのです?貴方個人に一体何の関係が…」
「『ショーグン』と呼ばれた男…神仏無若彦は…私の腹違いの弟だ」
「ブッ!!!」
真一文字の衝撃的な告白に、月鏡は口にし掛けたおかわりのカクテルを噴き出しそうになった。




