その21
北條の顔を見た月鏡は急ぎ気味に病室の奥へと歩み、そしてベッドの脇に腰を下ろした。それから何ともいえない空気が病室内に漂い、二人の間に沈黙が続く。やがて痺れを切らして月鏡の方から会話を切り出した。
「あの千奈津さん…今日は来てくれてありがとうございます」
「ユーシュー君…二度も大変な目に遭っちゃったね。その足は…もう…」
「ああー…そ、その…お、お揃いですね。は、はは…」
北條が心配そうに月鏡の両足を指差す。月鏡は無理やりな冗談をいって両足に着けた義足を擦りながら頭を掻く。今にも泣きそうな北條を宥めつつ、月鏡はこれからのことを簡単に説明した。
「…と言う訳で急なのですが、今年限りでキングスカンパニーを辞めようと思ってます」
「そっか…私としてはとても残念だけど…ユーシュー君が選択したことだもんね。今の私に引き留める権利はないよ」
「すみません、俺のワガママで。この足でも今の仕事は続けられるのは知ってるんですけど、どうしてもキングスカンパニーに居続けるのがしんどくて」
「それわかる!」
月鏡の言葉に対して食いぎみに北條が割り込んだ。突然の北條の態度の変化に思わず月鏡はのけ反りそうになる。
「正直いって私も今のキングスカンパニーの方針についてはどうかと思うのよ。特にユーシュー君が取ってきた顧客と取引を始めてからは余計におかしくなってきたようだし。私自身もそろそろ潮時かなと思ってたんだ」
「…そうなんですか」
「もちろんユーシュー君が悪いとかじゃないよ!今のキングスカンパニー自体が何かおかしいと思うからだよ」
北條が慌ててフォローする。しかし月鏡の頭には神仏無とキングスカンパニー製のドローン兵器に襲われたときのことが浮かんでおり、北條の言葉は耳に届いていなかった。月鏡の表情を見た北條が少し勘ぐるように呟く。
「ねえユーシュー君。私に何か隠してない?」
「ええっ!?」
北條の質問に月鏡は意表を突かれたように驚く。しどろもどろな月鏡を見て北條は確信を得たようだった。北條は更に追い詰めるように言葉を続ける。
「アレックスさんと再会してからのユーシュー君の態度がどうしても気になってね。どうも会社の人に対してよそよそしいというか、他人行儀というか」
「そうですか?元々そんなもんですよ??」
「ううん、テロ事件の前とは明らかに雰囲気が違う。ユーシュー君の目の奥から会社に対する疑念や敵意が見える」
北條の鋭い指摘に月鏡は言葉を失う。神仏無のことについて言うべきなのか。もしかしたらローの言う通り北條は『バクフ』と内通しているのかもしれない。そうでなくても神仏無のことを話せば北條に神仏無の狙いが向くのかもしれない。どちらにせよ彼女を巻き込むわけにはいかないのだ。
「…な、何のことでしょう…?」
「じー…」
「………」
月鏡の額から嫌な汗が一筋流れた。どう見ても嘘ついているのがバレバレである。しかし北條は月鏡に疑いの眼を向けながらも、すぐにいつものにこやかな表情に戻った。これ以上探りを入れても無駄だと考えてのことだろう。
「急にごめんね、変なこと聞いて。ユーシュー君にはユーシュー君の事情があるもんね」
「すみません、千奈津さん…余計な気遣いさせて」
「でも秘密の共有くらいはさせてもらいたかったな。私は一応パートナーなんだから」
「そう、ですね…失礼しました」
「それじゃ、この話はもうおしまい!近々ユーシュー君のお別れ会をやるからまた連絡するね。ユーシュー君の新たな門出を祝うから絶対来てね!」
「ありがとうございます。あと…アレックスさんはどうされるんです?」
「ああー…アレックスさんなんだけど…」
ローの名前を聞いた北條の顔が曇る。どうやら余りいい答えではないようだ。月鏡は北條の様子を察してこれ以上ローのことを聞くのをやめた。
「…わかりました。お別れ会の件は是非とも参加させていただきます」
「ありがとう!楽しみにしててね!!」
「はい、またお願いします」
月鏡の返事に納得した北條は晴れやかな表情で病室を後にした。北條をドアまで見送った月鏡はぎこちない動きながら一人病室の窓辺へと向かう。
「…やはり彼女にはキングスカンパニーと『バクフ』のことは言えなかった…。でもこれでいいんだ。神仏無との因縁はこの俺の手で片を付けてみせる」
月鏡はポツリと呟くと両足の義足を再び擦った。そしてその目には神仏無への闘志が燃えていた。
第一章はこれで完結です。
少し間を置いて続きを書きます




