その20
ホテルでの襲撃の後、月鏡とローは漁船に救助され緊急搬送された。二人とも命こそ助かったものの月鏡は下半身のパワードスーツを暴走させた影響で両足を切断せざるを得ない重傷を負うことになった。ローも背中に受けた銃創が原因で感染症を引き起こし、一時は命に関わるところまで悪化しかけた。
今回の襲撃についてはホテル内や河川敷での目撃者も多く早期解決が予想された。ところが不可解なことに月鏡らがホテルから逃走した直後に証拠となるドローン兵器が全て姿を消してしまい、おまけに監視カメラの映像などもいつの間にか全て消去されていた。あれだけの目撃証言や状況証拠が残っているにも関わらず、マスコミはこの事件を扱うことをタブーとし、警察も早々に捜査を打ち切ったことで全てがうやむやなまま襲撃事件は幕を引かざるを得なくなった。
噂では襲撃に使われたドローン兵器がキングスカンパニーのものであったこと、先のテロ事件の被害者が狙われたことなど関連性を疑う声も少なからずあった。だが何処からかの圧力が掛かったこともあり、陰謀論を口にする者は徐々に減っていった。
……………………
「思った通りだ。やはりキングスカンパニーの本社連中が揉み消しに掛かったか」
ローが病院の屋上でポツリと呟いた。ローはスーツをまとい、左手に黒塗りの杖をついてベンチに座っていた。ローは時折咳き込むと、懐から水筒を取り出して飲んでいる。錠剤のようなものも忍ばせていてどうしても咳が止まらないときは水分と一緒に飲んでいた。
「やはり、というのは神仏無の言っていたキングスカンパニーを手中に納めたという件ですね」
「そうだ…これではっきりした。キングスカンパニー内部に敵はいる。そして我々は既に奴等に監視されている」
ローの横には両足に義足を着けた月鏡が立っていた。下半身のパワードスーツを応用したものでやや武骨な形状ではあるが、月鏡の体格を考慮するとそこまで違和感はない。月鏡はローの確信に対して言葉を失った。
「……まさか…千奈津さん…」
「結論を急ぐのは時期尚早だ。彼女にも疑いはあるが、まだ決定的な証拠があるわけではない。それにこのまま黙って連中のいうことを聞いている私ではない」
そういうとローはスマートフォンを取り出すと月鏡にある画像を見せた。そこにはホテルで自分たちを襲撃してきたドローン兵器の残骸が写っている。ドローン兵器の横には小さいながらもハッキリとキングスカンパニーのロゴが刻まれているのが見えた。
「コイツは重要な証拠だ」
「…!そういえばあの時撮影しましたね。マスコミや警察にはもう知らせたのですか?」
「いいや。連中に知らせたところでキングスカンパニーの奴等に揉み消されるのがオチだ。それに下手に公表したら、また命を狙われる」
「…確かに今は身を守るのが優先ですね」
月鏡は悔しそうに両足の義足を擦った。それを見たローも俯いて杖を強く握り締める。しかしすぐに気を取り直すとローはゆっくりと立ち上がった。
「ユーシュー、私はもうすぐ帰国する。本社から呼び戻しの命令が来たんだ。本来はビジネスのために来日したが、二度もテロに遭った上、重傷を負ってしまったからな」
「…本当にご迷惑をお掛けしました。折角来ていただいたのに大変な目に遭わせてしまいまして」
「ユーシュー、君が謝ることではない。全てはあの男、神仏無。そしてキングスカンパニーの内通者の仕業だ」
「アレックスさん、帰国されてからどうされるんです?」
「まずは…この体を少しでも良くすることだが、この画像について本社にいる仲間と解析を進める予定だ。このドローン兵器に関しては色々とキナ臭い噂があるからな。もしかしたら最初から仕組まれていた可能性も否定できない」
「仕組まれていた…」
「あくまでも想像だ。全く確証はない。しかし何としても奴等を追い詰めてみせる。このまま泣き寝入りは私の心情として許せないからな」
ローの目つきが鋭くなった。どこか闘志を燃やしているように見える。その姿を見た月鏡も先ほどとはうって代わった力強い表情になった。そしてローの言葉に深い頷く。
「アレックスさん、俺も想いは同じです」
月鏡はローに右手を差し出した。ローは目を丸くしたが、すぐにニコリと笑って月鏡の手を握り返した。
「しばしのお別れだユーシュー。いつかまた会おう」
「アレックスさん、俺の連絡先を後で教えます。またこの画像の件で何か分かったら教えてください」
「それは構わないが…君はこれからどうするんだ?」
「俺は…今年限りでキングスカンパニーを去ります。このままキングスカンパニーにいれば奴等の監視に怯えて生活していかなければならないことになる。それよりも俺なりの手で奴等を…神仏無を追います」
月鏡は拳を握り締めてローにハッキリと宣言した。ローは驚いたが、月鏡の固い意思を汲み取ったのか静かに頷いた。
「そうか…ならば引き留めることもあるまい」
「…ありがとうございます」
「ではこれで失礼する」
月鏡はローに深々と頭を下げた。ローは無言で屋上の入り口へと向かって杖をついて歩き出した。そして月鏡に振り返ることなく、右手を上げてヒラヒラと振る。その間も月鏡はずっと頭を下げていた。
ローを見送った月鏡は自分の病室へと戻るべく、階段へと向かった。月鏡は未だリハビリの為、入院中の身であり歩行訓練や階段昇降を続けている最中だった。少し息を弾ませながら病室へ入ると車椅子姿の丸眼鏡の女性が神妙な面持ちで待っていた。
「千奈津さん…」
月鏡は病室の扉の前で呟いた。




