その19
ホテルの窓ガラスを突き破った月鏡とローはそのまま補助用のパワードスーツをジェットパックのようにして東京の空を飛んでいく。ガラスの破片を被ったが、勢いを付けた分思ったほど痛みはない。というよりもドローン兵器たちの銃撃の方が二人には堪えている。ローが心配そうに後ろを振り返るが、幸いドローン兵器たちの追跡は来ていないようだ。
「ユーシュー!やったぞ!…何とか…逃げられた…」
ローの声が弱々しくなる。月鏡も頷いて応答しようとするが、目の前が徐々に掠れ始めた。どうやら体の限界が来たらしい。更にパワードスーツの高度も下がり始めてきていた。此方も無理やり出力を上げた分の歪みが起きている。
何とか体勢を立て直そうとするが、手負いの体では上手く操ることができない。しかも周りの高層ビル群との衝突を避けなければ大惨事となる。
「アレックスさん…すいません。このままでは墜落します。しかし彼処なら何とかなるかもしれません。とにかくこのまま行きます…」
月鏡は絞り出すような声で目的地を指差した。ローが月鏡の指先を辿ると東京湾に繋がる大河川が見えた。ローも覚悟を決めて頷く。
月鏡は高度を下げつつ、飛ぶスピードを押さえようとする。少しずつではあるが、スピードが緩んできた。よく見るとキングスカンパニーの東京支社のビルが視界に映る。気づいたら会社の近くまで飛んで来たらしい。
「このまま着水します…どうなるかは分かりませんが、この方法しか思い付きませんでした…」
「気にするな…地面に落下するよりはマシだ」
ローが力なく笑った。二人とも気を失う前に何としても目的地まで到達させようと月鏡は残りの力を振り絞ってパワードスーツの制御に集中する。高度がかなり下がってきたのを見計らい、月鏡は河川に沿うように進路を変えた。これなら高度を下げても問題なく着水できる。船舶が周りにないことを確認しながら二人はゆっくりと降りていき、そしてそのまま河川へと着水した。
着水した勢いで河川の中に潜ったが、最後の力を使って月鏡はローを抱えると水面へと顔を出すことに成功した。月鏡は慌ててローの生死を確認する。ローはぐったりしているものの、辛うじて息はしていた。安堵した月鏡が周りを見ると野次馬らしき人々が河岸に駆け寄ろうとしているのが分かった。どうやら思いの外、河川敷に近いところに降りられたらしい。
「よ、良かった…何とか助かった…」
月鏡がようやく一息付こうとしたとき、突如目の前に二人を追跡していたと思われる一体のドローン兵器が現れた。月鏡が驚愕しているとドローン兵器は内蔵している自動小銃を取り出し、銃口を此方へと向ける。
「万事休す、か…」
月鏡が覚悟を決めて目を閉じたとき、一発の銃声が響いた。月鏡が恐る恐る目を開けると目の前にいたドローン兵器は煙を吹いて水の中に落下している。月鏡が急いで辺りを見回すと人気のない河川敷の一角にスナイパーライフルを構えた人影を発見した。月鏡が目を凝らすと人影は車椅子らしきものに座っているのが分かった。
「…あの影…何処かで…?」
月鏡の意識が急に遠退いてきた。まずい、気を失ってしまう…。月鏡がローを抱えたまま河の中に沈み掛けたとき、近くを航行していた漁船の汽笛が聞こえてきた。
「………やれやれ、とんだ邪魔が入ったか。仕方ない、次に行くとしよう」
月鏡とローが救助される様子を眺める河川敷の野次馬の中で神仏無が一人忌々しげに呟いた。




