その17
月鏡は拳銃を握り締めるとローに目配せした。ローは拳銃の安全装置を外すと、外を睨み付ける。ホテルの高層階の部屋であり、窓の外に足場らしきものはない。敵は何処からか狙撃してきているようだ。
「ユーシュー、銃は使えるか?」
「大昔に訓練で撃ったことはありますけど、実戦経験は全くないですよ」
「そうか。いい機会だ、今からが実戦経験になる」
「…なるべくなら経験したくなかったんですけどね」
月鏡は無理やり笑顔を取り繕うが、どうしても引きつってしまう。さすがに呑気なことを言っていられる状況ではない。
そんな月鏡の心境を知ってか知らずか、ローは身を屈めながらゆっくりとガラスが砕け散った窓とへ近づいた。窓の外へ銃口を向けて、次の攻撃へと備えている。
「アレックスさん、何か見えますか?」
「いや…何処から攻撃を仕掛けてきたのか、これじゃ皆目見当がつかないな…」
ローの眉間にシワが寄る。とその時、床に落ちている月鏡のスマートフォンが突如鳴り出した。月鏡とローの視線が同時にスマートフォンへと向く。
「誰だ!?」
「…千奈津さんです…取った方がいいでしょうか?」
思わぬ事態にローが言葉を詰まらせた。この間も月鏡のスマートフォンは鳴り続けている。しばしの沈黙の後、ローはジェスチャーで月鏡に電話を取るように指示した。月鏡は無言で頷いて攻撃が来ないことを確認してからスマートフォンを手にした。
「…もしもし」
月鏡は恐る恐る通話に出る。すると電話の主は北條とは全く異なる声色で月鏡に話し掛けてきた。
「もしもし…確かユーシューだったな。無事に退院したようで何よりだ。それからアレックス・ローも其処にいるな。二人して何をこそこそしているか知らんが、余計なことをしない方が身の為だ」
「…!!!?」
月鏡は急いでスマートフォンの通話をスピーカーに切り替えた。ローも電話の主の声を聞いて完全に固まっている。
「…ま、まさか…『ショーグン』…!?貴方なのか…?」
「そうだよ、私だよ。神仏無だよ。覚えていてくれて嬉しいよ。直接話すのは暫くぶりだから忘れていたのかと思っていたよ」
「ど、どうして…」
北條の番号で神仏無が電話を掛けてきた。この事実に月鏡とローの背筋が同時に凍る。二人の動揺が手に取るように分かるのか、神仏無は電話の向こうで余裕の笑い声を挙げていた。
「北條という女の番号で掛けてきたことが気になるようだな」
「………」
「簡単なことだ。女の電話を妨害電波を通じてジャックさせてもらった。今頃あの女は自分の電話が使えなくなっていることに慌てているだろうが、知ったことではない。重要なのは貴様らの処断のことだ」
月鏡は北條が無事であることに胸を撫で下ろすが、それも束の間神仏無の発言に動きを止めた。ローもスマートフォンを睨み付けて震えている。
「処断…だと!?」
「我々に逆らおうなどという下らん考えは捨てることだ。既にキングスカンパニーは我が手中にある。どう足掻いても貴様らに勝ち目はない」
「ふざけるな!誰がテロリストに屈するものか!!」
ローが割り込むように声を上げる。これに対して神仏無は少し驚いていたが、すぐに余裕のある口調に戻った。
「先ほど貴様らに仕向けた攻撃はほんの挨拶代わりだ。これからもっと面白いものを見せてやろう」
「何だと!?何をする気だ?!」
ローが声を荒げると、突然割れた窓の外から複数のドローン兵器がローの部屋に侵入してきた。ドローン兵器には極小ではあるが、自動小銃が内蔵されているのが視認できた。ドローン兵器たちの銃口が一斉に二人に向けられる。
「神仏無、貴様!!」
「ハッハッハ…私の可愛いドローンたちだ。精々心行くまで楽しんでくれたまえ」
神仏無の通話は無情にも途切れた。月鏡とローは背中合わせになり、ドローン兵器たちに互いの銃口を向ける。
「…ユーシュー、覚悟はいいか!?」
「正直出来てません…が、今そんなことは言ってられませんね」
「生きて此処から出よう!!約束だぞ!」
月鏡とローは同時に発砲を開始した。




