その16
「あっ、もしもし。ユーシュー君?今電話は大丈夫?」
通話先に出たのはいつもと変わらない口調の北條だった。月鏡の緊張が少しだけ和らぐ。対してローは警戒しているのか、月鏡を睨んだままだ。月鏡は平静を装って北條と会話を続ける。
「まだアレックスさんの所にいるんですけど…どうされたんですか?」
「あー、取り込み中だったらごめんね。実はさっき会社から呼び出しがあったから先に帰社するねって話だったのよ。大口の取引先と商談が成立したから急いで発注を進めたいって小張課長が息巻いててね」
「大口の取引先…?」
すかさず月鏡はスマートフォンの通話をローにも聞こえるようにスピーカーに切り替える。ローは口を出さず、ジェスチャーで会話を続けるよう月鏡に指示した。
「ほら、前にユーシュー君から預かっていた連絡先だよ。ユーシュー君が入院中に何回か面談して交渉してたけど、全然手応えがないから諦めてたんだ。ユーシュー君が退院した話をしたら手の平を返すかのように向こうの態度が軟化してね。トントン拍子で取引が成立したんだ。課長もビックリしてたけど、凄く喜んでたよ。ユーシュー君が何したか知らないけど、ユーシュー君様々だって」
「………そ、そうですか。それは良かったです…」
「もう少し喜びなよ。ある意味ユーシュー君の手柄なんだし、胸張っていいんだから」
通話先の北條は明るく笑っているが、事情が事情なだけに月鏡とローは素直に喜ぶことができない。それどころか更に険しい顔つきになっていた。
「…ありがとうございます、千奈津さん。もう少ししたら俺も会社に戻ります」
「分かった、待ってるよ。あ、そうそうユーシュー君、そこから外の景色見える?」
「外ですか?」
「うん。そのホテルの上層階から見てほしいものがあるんだけど」
「えーと…」
北條の言葉が気になった月鏡は会話しながらゆっくりと窓辺に移動する。そして窓辺に着くとそろりそろりと外を覗いた。ローの部屋はVIP待遇の特別階にあるだけあって外の眺めもいい。東京の中心部の景色が一望でき、日が沈めばロマンチックな夜景が堪能できる。だが、月鏡は高所恐怖症のためなるべく窓の近くには寄らないようにしていた。
「で、外の景色がどうされたのですか?」
「うん…あのね……ユー…シュー………」
「?千奈津さん?何か電話が遠いみたいなんですけど。どうしました?」
「あの、………ね……」
「千奈津さん!?」
どういう訳だが通話先の北條の声が遠くなり、途切れ途切れになってきた。電波が悪いのだろうか?
月鏡が北條に再び呼び掛けようとしたとき、突然ローが月鏡に向かって飛びかかってきた。ローにタックルされた月鏡はバランスを崩し、スマートフォンを離して床に倒れ込む。
「アレックスさん、何を!?」
「ユーシュー、伏せろ!!」
ローの鬼気迫る表情に月鏡は思わず圧倒される。と共に先ほどまで月鏡が立っていた場所の窓ガラスが突如ひび割れ、無残に砕け散った。外気と部屋の気圧の差で中にある物が外へ吸い出されるように散乱する。
「!??」
「まずい…やはり奴等が見張っていたか…此処も危険になってきた」
ローは身を屈めると急いで自分のベッドの下にあるトランクへと向かった。そしてその中から護身用の拳銃を二挺分取り出す。
「ユーシュー!!コイツを使え!」
「ど、どうしてこんなものを持ってるんですか…?」
「今細かいことをいってる場合じゃない!とにかく武器が必要だ!」
ローが月鏡に向けて一挺の拳銃を放り投げた。ローは窓の外を睨むと、月鏡に急いで身を屈めるように指示した。理解が追い付かないまま、月鏡はスマートフォンを取ろうとするが、既に北條の通話は切れてしまっていた。




