その14
ローはやや小声で少し早めるように月鏡に話す。まるで盗聴を気にしているかのような感じだ。
「内通者の可能性が出た以上、既にキングスカンパニーは奴等と「取引」していた。つまり奴等に我々の存在も予め筒抜けになっていたということだ。これが事実であるならば、日本支部の中で信用に足る人物はいないのではないかと私は考えている」
「待ってください。それじゃ神仏無が俺に直接持ち掛けていた「取引」についてはどうお考えなんですか?」
「奴等は私の頭の中を覗いて君の情報を探り出していた。君がネイビーであったことを知り、同じ海上自衛隊であったことを利用して軍門に下させたかったのではないか?あくまでも推測に過ぎないが」
ローは極めて厳しい口調で月鏡に迫った。月鏡はローの持論を否定することができず、ただ黙って耳を傾けている。ローは深呼吸すると、少し落ち着いて話を続けた。
「勿論私も君ら全員を疑うことはしたくない。だが、可能性が出たならば我々の身に危険が及ぶのは事実だ」
「待ってください。日本支部全員が対象ということは、もしかして俺のことも疑っていますか?」
月鏡はやや語気を強くした。少し怒りのような感情が入り交じっている。月鏡に対してローは静かに首を横に振った。
「さすがにそれはない。君もあのテロ事件に巻き込まれて重傷を負っている訳だし、何より君はキングスカンパニーに入社してから日が浅い。私は君は違うと信じている」
「…それはありがとうございます」
ローの言葉に安堵した月鏡は頭を下げる。だが、それでも月鏡とローは険しい表情を崩してはいなかった。まだ思うところはあるようだ。
「ユーシュー。君ら日本支部は全部で幾つ支社がある?」
「確か大阪に本社があって、俺たちの東京と九州、あと北海道がありますね」
「ということは全部で四社か」
「でも俺を除く全員に内通者の疑いがあるとしたら膨大な量になりますよ」
「…いや、そこまで難しく考える必要はない」
ローの顔色がみるみる内に悪くなった。どうも口にするのが憚られるような感じである。だが、ローが言わんとすることを何となく月鏡は察した。
「ユーシュー、君はあのカフェでのテロ事件についてどう思う?」
「…確か神仏無はあのテロ事件はデモンストレーション代わりといってました。ですが、何故彼等があのカフェを狙ったのかは分かりません」
「君の言う通りだ。正直いって何故カフェを爆破したのか全く持って理解できなかった。だがある仮定で考えたら、一つの線が見えてきた」
「………まさか神仏無の本当の狙いはキングスカンパニー東京支社だったとか?」
「もしくは口封じ…。奴等にとってキングスカンパニーの内通者が用済みになったとも考えている」
「じゃ、じゃあ…本来の標的であるキングスカンパニーではなく…あのカフェが爆破されたということは…誰かが故意に回避させたかもしれないというのですか…!?」
ローの言葉に月鏡が答えるとローは静かに頷いた。そしてそこからローが辿ろうとする仮定を前に月鏡は戦慄する。そして部屋の中の空気もまた重くなる。そんな空気を振り払おうと月鏡が口を開こうとしたとき、突然月鏡のスマートフォンが鳴った。月鏡は慌ててスマートフォンの着信履歴を確認する。
「誰だ!?」
「……北條さんです」
月鏡はスマートフォンの画面を動揺するローに見せる。画面に映し出されている北條の名前を見たローの表情が歪んだ。
「…アレックスさん。まさか、まさかですが、千奈津さんを内通者と疑っているのですか!!??」
ローの狼狽する様子を見て月鏡の口調が一気に荒くなった。




