その13
神仏無の話をするにあたり、ラウンジ内の回りの目が気になった月鏡とローは一旦ローの滞在している部屋に移動することにした。移動の間二人に会話はなく、只重い空気が流れる。ホテルのエレベーターに乗り、VIP用の特別階層に着くとローは慌てて自分の部屋のドアを開け、月鏡に入るように促した。ローは明らかに何かに怯えているようだ。やはり神仏無から一連の経緯について口止めされているらしい。
部屋の中へ入るとローは少し安堵したのか深呼吸した。まるで自分自身を落ち着かせているようである。しばらくして月鏡の方に向き直るとようやく笑顔を見せた。
「急がせてすまなかったな。ああするしかなかった」
「アレックスさん、やはり神仏無のことをご存知のようですね」
「……………ああ」
やや長い沈黙の後でローが認めた。その表情は再び真剣味を帯びている。
「会社の連中には一時的な記憶喪失という体でやり過ごしている。奴等と接触していた事実を公にしないことを条件に解放されたからな。正直何処で奴等が見張ってるとも限らない」
「奴等…『バクフ』ですね」
「君も奴等の情報を手に入れたようだな」
「……ええ。正確には神仏無本人から聞いた話ですが」
「神仏無が!??まさか奴が君の前に直接現れるとは…」
月鏡の話にローが驚く。そこで月鏡は神仏無が自身の病室にやってきた経緯とそこで起きた一連の出来事をローに告白した。月鏡の告白を黙って聞いているローの顔が徐々に青ざめていく。そして月鏡が全てを話終えると同時にローは床に手をついて月鏡に頭を下げた。これには月鏡も戸惑いの色を隠せない。
「あ、アレックスさん!?」
「ユーシュー、すまない!!本当に…すまなかった!!私のせいでまさか君まで巻き込むことになるとは夢にも思わなかった。奴が…奴等が君らの情報まで搾取しているとは…」
ローは悔恨の表情を浮かべて唇をワナワナと震わせていた。搾取という言葉に引っ掛かった月鏡はローを宥めてから改めてテロ事件の後、何が起きたのかを聞くことにした。
「あの日…カフェの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた私は路上に体を叩きつけられて意識を失った。次に目が覚めたときには身体中にチューブのような管を付けられた上、包帯でぐるぐる巻きにされた状態で寝かされていた。最初は何処かの病院かと思った。だがそれは大きな間違いだった」
「…『バクフ』のアジトだったわけですか」
「そのようだ。とにかく私は指一本動かすどころか声を発することすらできない状態だった。まだ意識も朦朧として生きているのか死んでいるのかさえままならなかった。だが…何となくその時点である違和感を覚えた」
「違和感?」
月鏡は前のめりになるようにローの話に耳を傾ける。ローは少し息を吐くと再び話を続けた。
「言葉すら発することができない状態にも関わらず、奴等が私やキングスカンパニーの情報を取り出して調べているのが朧気ながら見えたのだ。確かに何かしらの質問はされたが、答えられるはずがないし答える理由もない。だがどういう訳か奴等は私から簡単に情報を奪い、そしてその情報を基に神仏無は君の前に現れたようだ」
「違和感というのはそこですか?」
「ああ。テレパシーとか関係なく人の頭を覗き見るなんてキングスカンパニー内で開発中の脳波の解析装置くらいしかないはずだ。それもまだ試験段階で外部に出せる代物じゃないのにってな」
ローの言葉を受けて月鏡は北條が面会に来たときに持ち込んだ装置のことを思い出した。そしてローの言わんとしている「違和感」の正体に気づいた。
「アレックスさん…まさかですが、居るというのですか?キングスカンパニーの中に『バクフ』と繋がっている人間が…!」
月鏡は敢えて声のボリュームを落としつつ、ローに迫る。月鏡の推測にローはゆっくりと頷いた。
「確信はない。だが、あの装置は簡単には持ち出せない。日本支部にあるのも数台あるかないかのはずだ。もしくは奴等が独自で装置を開発したという線もあるが、ノウハウがないのに簡単に作れる代物ではない。何処かしら提供を受けたと見るのが現実的だろう」
「じゃ、じゃあ…一体どういう…」
月鏡の額から嫌な汗が流れる。月鏡の反応を見てローが口を開いた。
「ユーシュー、此処から先はあくまでも私の推測だが、今後の我々の身の振りに関わるから心して聞いてほしい」




