その12
ローとのアポが取れた後、月鏡と北條はタクシーに乗ってローの滞在しているホテルへと向かった。しばらく高速道路を走ると高層ビル群の合間から目的地である高級ホテルが見えてきた。よくある海外セレブやVIP、芸能人ら御用達の5つ星ホテルである。正直月鏡や北條は場違いな感じがして気が引けるが、ローに会うため堂々としながら中へと入った。
「アレックスさんと何処で落ち合うんですか?」
「確かこのホテルのラウンジで待ち合わせって聞いたけど…」
北條はホテルのロビーに行き、ローのアポの件を係りに伝えた。係りから待ち合わせ場所のラウンジへと案内される。係りによるとローの部屋に月鏡らの到着を伝えたので五分ほどでラウンジに来るそうである。
「…何というか…凄いホテルですね」
「…そうね。昔商談でこういうホテルに来たことあるけど、やっぱり雰囲気に慣れないな」
5つ星ホテルのラウンジを興味深そうに二人は眺める。優雅に茶をする者もいれば、商談か交渉のために顔を付き合わせて話すスーツ姿の一団もいる。何とも言えぬ空気の中に入ることに二人はやや戸惑う。
「ユーシュー、チナツ。来てくれたのか」
挙動不審になりつつある二人に助け船を出したのはラウンジへとやってきたアレックス・ローだった。ローもまた月鏡と同じく下半身に補助用のパワードスーツを装着している。月鏡と違うのは左腕にも同様のパワードスーツを着けていることだった。他には顔の一部に火傷の痕があり、月鏡よりも重傷だったことが窺えた。
ローは二人を見ると顔を綻ばせた。特に月鏡と再会できたことを心より喜んでいるようだった。ローは月鏡の肩を叩くとそのままハグした。
「アレックスさん!お久しぶりです。消息不明と聞いた時は本当に心配でしたが、ご無事で何よりでした」
「いや此方こそ君と生きて会えて嬉しいよ、ユーシュー。それにチナツも元気そうで何よりだ」
「アレックスさんもお変わりなく。と言いたいですが、かなり重傷だったようですね」
「ああ、酷いもんさ。まったく生きていたのが奇跡みたいなもんだ」
「日本に着いたばかりで大変な目に遭わせてしまいましたね」
「いや、君らが気に病むことじゃない。それはお互い様だ。私も記憶が抜けてる部分があって何で助かったのか分からないことだらけなんだ」
ローは顔の火傷の痕を擦りながら苦笑した。ローの姿を見て月鏡は神仏無のことを思い出す。神仏無はローを一時的に確保しており、彼の存在を人質にすることでキングスカンパニーと「取引」を結ぼうとしてきた。月鏡が北條に伝えた商談がどうなったのかは不明だが、その後彼が生きて帰ってきたということは『バクフ』とキングスカンパニーの「取引」は成立したということなのだろう。
この事実に月鏡は顔を強張らせた。やはり自分はテロリストと会社を繋げてしまった。命と引き換えとはいえ、取り返しのつかないことになるのではないか。言い知れぬ不安が月鏡を襲う。
「どうしたユーシュー?」
ローが月鏡の顔を覗き込むようにして聞いてきた。月鏡はハッと我に返ると慌てて何でもないと愛想笑いした。首を傾げる北條とローをごまかすように月鏡はウエイターにホットコーヒーを三人分注文した。
「アレックスさん、これからどうされるんですか?」
「とりあえず傷はまだ完治しないが、リモートワークとして日本支部の本社とやり取りしながらドローン開発のノウハウを伝えている。だがもう少ししたら本社に直接出向けるはずだ」
「そうですか…そうなると東京支社にはしばらく来られなくなるということですね」
「まあ、まだ日本には居る予定だし、たまには顔を出す予定でいる。君らと話すのも息抜きになるしね」
「そうですか?」
北條とローが談笑する中でも月鏡は神仏無のことが頭から離れなかった。神仏無はあの時自分を名指しで呼んでいた。それにローの情報を伝えた上で「取引」の仲介役に指名した。恐らくだが、ローは神仏無について何かを知っているのではなかろうか。記憶が曖昧かもしれないが、どうしても確認したいことがある。
「あのアレックスさん。後でいいのですが、聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?」
「ええ、あのテロ事件のことについてです」
「………すまない、ユーシュー。あの事件について私が言えることは何もない」
「『ショーグン』…『バクフ』」
「!!!!」
月鏡の言葉にローは激しく動揺し、コーヒーを溢し掛けた。突然のローの狼狽ぶりを見て北條が怪訝な表情を浮かべる。一見すると歴史に出てくる単語を月鏡は羅列しただけだが、やはりローはこの言葉の意味を知っているようだ。月鏡は確信する。
「……分かった、ユーシュー。覚えている限りだが、話すとしよう」
「アレックスさん…」
「ただし!チナツ、すまないが席を外してくれないか?それに此処ではなくて私の部屋にしたい」
「えっ??ユーシュー君だけ?」
「すまない…当事者同士の話なんだ」
ローは北條に頭を下げた。ローの態度の急変に驚きつつも北條はやむを得ず、要求を受け入れて一旦その場から離れることにした。ローは北條がラウンジから出るのを見送ると、月鏡に睨むような視線を送った。
「…やはり気づいていたか。あの連中のことを…どうやら君も接触していたようだな」
「ええ。とにかく教えてくださいアレックスさん。あの男、神仏無のことを」




