その11
月鏡が退院できたのは意識を取り戻してから更に半年経ってからだった。気づいたら春前に入社してから季節も冬になり、年も変わろうとしている。まだ体の方は本調子ではないものの、キングスカンパニー製のリハビリ用の補助パワードスーツのお陰で生活面に支障がないところまでは回復していた。それでも社会復帰できるまでには時間が掛かる。
「ユーシュー君、さすがに若いね。回復が早い」
「いえいえ、歩けるのはこの補助パワードスーツのお陰ですよ。本社から無償で提供された分、今回ばかりはキングスカンパニーに在籍していて良かったと思います」
「だよね。それくらいは社員待遇してくれなきゃ」
「千奈津さんはこの補助パワードスーツを使わないんですか?」
「ま、正直いうと私はパワードスーツ自体に慣れないんだよね。デザインも無骨だし、割りと体力使うし。車椅子の方がまだ周りが何とかしてくれるから甘えちゃってるんだ」
「そんな理由ですか…」
「もうちょい可愛いデザインならだけど…でもこの補助パワードスーツはユーシュー君に似合ってるよ」
「それはどうも…」
北條が笑って月鏡の下半身に付けられたパワードスーツを擦る。まだぎこちない動きながらも月鏡は車椅子の北條と病院近くの公園でリハビリも兼ねて散歩していた。北條は月鏡の入院中に何度か面会にやって来ていて、都度会社の状況を報告してくれていた。その中で月鏡は神仏無からの連絡先を (相手が何者かを黙った上で) 北條に託していた。
あの時の対面後神仏無からの連絡や接触はなく、結局神仏無のいう『バクフ』のペーパーカンパニーと取引を結んだのかも不明確なままだ。どういう形であれ、テロリストに自分は荷担したのだろうか。月鏡の中で神仏無に屈したことへの後悔がよぎり、良心が痛んだ。
「大丈夫?ユーシュー君」
「え、ええ。すみません。ボーッとしてました」
北條に突っ込まれ、月鏡は慌ててごまかす。心なしか暗い顔つきだったようだ。北條は月鏡を怪訝な表情で見たが、落ち着いたのを見るとホッとした。
「ところでアレックスさんのことですが…」
「うん…まだどうして助かったのかは分からないみたい。ショックで一時的に記憶喪失になったのかも」
「そうですか…」
ずっと心配されていたアレックス・ローの消息だが、神仏無が月鏡の前に現れた数日後に突然都内の病院に一週間前に搬送されていたことが判明した。大急ぎでキングスカンパニー日本支部本社の幹部や東京支社のメンバーが直接面会したところ本人であることが確認された。ローは重傷を負ったものの神仏無のいうように命に別状は無く、幹部たちへの受け答えも問題なかったそうだ。しかしテロ事件に遭う前後の記憶は曖昧で搬送された病院の前に何処かで治療を受けていた形跡はあるものの、本人の希望でそれ以上聞き出すことは出来なかった。現在は退院して都内にある高級ホテルの一室に滞在しているらしい。
「千奈津さん、アレックスさんに会えますか?」
「これから?」
「ええ。俺と一緒にいて事件に巻き込まれたので、まずはお互いの無事を確認したいのです。後はアレックスさんの記憶を戻す助けになればと思うのですが、ちょっと思い当たる節がありまして…」
「思い当たる節?」
月鏡は慌てて「しまった」という表情を浮かべる。北條は不思議そうにしどろもどろな月鏡を見たが、何となく知られたくない秘密のようなものがあるだろうと察してそれ以上のことは聞かなかった。月鏡は無言で北條に頭を下げる。
「直接会えるかは分からないけど、ホテルにアポを取ってみる。アレックスさんもユーシュー君のことを心配していたから多分会ってくれるとは思うけど…」
「助かります」
「分かった。とりあえず聞いてみるね」
北條は手に持ったバッグからスマートフォンを取り出すとローの滞在しているホテルへ電話を掛けた。その間月鏡は下半身の補助パワードスーツを擦りながら神仏無との会話の件を思い出していた。
ローはテロ事件からしばらく間、神仏無及び『バクフ』の手に落ちていた。何かしら彼等について知っているはずだ。漠然としているが、神仏無はまだ何かを起こすつもりでいる。もしかしたら自分たちもテロリストの仲間と為りうるかもしれない。そうなれば先日のテロ事件以上の犠牲が出かねない。何とかして彼等を止める手段はないのか?月鏡の中でモヤモヤした感情が広がっていた。




