夜会 1
夫人と利害関係を結んでも、別にこれといって生活が変わるわけではなかった。一ヶ月が経ち、いつも通り学校近くに迎えに来てくれた石田さんが少し言いづらそうに口を開いてきた。
「あの……二週間後に三条家当主の誕生日パーティーがあるのですが……」
「はあ……」
「奥様が恵都さんに参加してほしいみたいで」
「……は?なんで私? 」
私もやめた方が良いとは言ったのですが……と申し訳なさそうに言う。この人もあの親子に振り回されている被害者である。
「恐らくですが、奥様が見せつけたいだけなので言われた通りにしていれば大丈夫ですよ。諸々の準備はこちらでしますから」
先代夫婦、鈴井家……おまけに夫への牽制、といったところか。嫌なものに巻き込まれた。
「自分の誕生日パーティーに嫌なものを見せられる当主には同情するよ」
この部屋はこんな部屋だったか。何年振りかに入ったものだから前の記憶など忘れているし、この人のことだから模様替えなんて頻繁にやるだろう。少女趣味な物たちに囲まれたいつまでも子供のように自由な人。
「嫌ね、そんなに睨まなくてもいいじゃない」
「別に睨んでるつもりはなかったんですけどね。相変わらずだと思っただけで」
出なければならないパーティー、会合の付近しかこの屋敷にいない人が、自分を呼ぶとは珍しいことだった。
「どういうつもりでその言葉を言ったのかは、考えないでおいてあげましょう。貴方はまだ子供のようね」
そっくりそのままその言葉を返してやりたいが、そんなことで時間をとっていられない。年に会うのが数回でも、会いたいと思うわけではない。
「そんなことは兎も角、用事はなんです? 」
持っていたカップとソーサーをテーブルに置き、せっかちねぇと言った。
「最も、貴方はこの部屋を一刻も早く出たいんでしょうけれど……ほら、もうすぐ当主の誕生日パーティーがあるでしょう? 」
「その為に帰ってきているんでしょう? 」
「そうだけども……それにね、私のお友達にあの子を紹介しようと思っているのよ」
「……は!? 」
お友達、と言えども二階堂派の人間ということで、別に特別親しい人たちでもないだろう。“自分の新しい駒だ”と言いふらすためだ。
それは鈴井派、先代夫妻、当主への牽制に他ならないのである。一緒に来た石田に目を向けると、もう知っていたようで、全く驚きもせずため息を吐くだけだった。
「本人の了承は? 」
「そもそも必要ないでしょう。でも一応話はしたのよね、石田? 」
仕事でも頭を抱えたくなることなんてここ最近なかったのに、この家の人間は本当に周りを考えない天才である。そんなことを言えば、お前もだろう、と石田と衛藤に言われるに違いない。正直自覚がないわけではないが。
「まあ、そうですね……了承はされていおりましたね。快くかどうかは別問題として」
「だそうよ? 」
若干苦い顔をして言った石田にドヤ顔で返してきた夫人に、石田と恵都の言いたいことは伝わらなかったのだと思った。
「もう呆れて言葉が出ないので良いですが、それを言うためだけにここに呼んだんですか?なら石田にでも言伝で……」
「あら、ここからが本題よ? 」
頼むから早く帰させてくれと思う。この人の気まぐれは大体周囲にとっては酷いものなので勘弁してほしい。
「あの子のドレス、貴方が選びなさい」
「えぇ……本人が選びたいんじゃないんですか」
別に構わないが、少女雑誌の表紙に出ているくらいだ。自分で選びたいんじゃなかろうか。
「あら?そうなの、石田」
「特にそういったことは……準備はこちらですると言ってしまいましたし問題ないかと」
石田に裏切られたところで諦めることにした。嫌なことでもない。当日、もし誰かに言われようとされようと、彼女がやられっぱなしにならない為のちょっとした備えのようなものだろう。そしてそれは必ずしも彼女のためだけというわけでもなく、夫人の面子を潰さないようにする為でもある。
そうこうしてやっとあの部屋から出られたので、言うのを我慢していた不満を吐き出した。
「石田お前、俺のこと売ったな? 」
「さて、何のことだか。いいじゃありませんか、別に嫌じゃないでしょう? 」
表情ひとつ変えずにしらを切る。でも間違ってないのが厄介だ。あの石田の言いようだと、俺以外だったら誰が選ぶんだろう。
つくづく、自分が誰からも都合のいい存在だなと思う。それが嫌なわけじゃない、だって嫌だと言ったところでどうしようもないのだから。自分も子な立場を利用することもあるし、それが嫌な場面であるならば、通用しない人間と付き合えば良い。要は、使い方である。
「ったく、どいつもこいつも……勝手がすぎる」
「その中にはご自身も含まれている、ということでよろしいですか? 」
「……お前さっきから酷くない?最近俺なんかしたっけ? 」
石田はその問いには答えず、左腕の時計に目を落とし_彼女が都合の悪い時にする仕草だが_ちょうど良いというように、もうこんな時間、と呟いた。
「私は恵都さんのお迎えに行ってきますね。ドレスの件、諒太郎さんのセンスが問われるということで楽しみにしています。気に入ってくださると良いですね」
「いろいろ余計だよお前」
今日の石田さんはちょっと不機嫌だった。といっても一目で分かるようなものではなく、何となく雰囲気のようなもので大方、諒太郎が何かしたのだろうと思った。今日は課題をやりたいので諒太郎のところへ行くつもりはないが、一体何をしでかしたんだろうと気になった。
私がパーティーに参加することに対して彼は良い顔をしないだろう。そもそも夫人からの依頼だということと、周りへの牽制ならば面倒なことが起こらないはずがないからだ。まあ、私自身も嫌なわけだが。利用してくれと取引を持ち掛けたのはこちらだが、まるで駒のような……彼女にしてみればそれ以上でもそれ以下でもないか。兎に角、それ以上の価値を私は証明しなければならないということだ。そう都合よく上手くはいかないか。
当日、そんなことを考えながら候補に出されたドレス四着のうちの一着を選び石田さんに手伝ってもらいながら着替えた。
「石田さんって本来の業務は何なの? 」
「さあ?何でも係みたいなものですね。私としてはこういうことをしている方が無茶を言われないので気が楽なのですが」
深紅の胸までのサテン地に、腰から袖までの黒いレースのドレス。黒い花のコサージュのついた深紅のリボンが腰に付いていた。
誰が選んだのかなかなか趣味が良い。さてそろそろ会場へ向かうとするか。
「ああ、言い忘れていました」
前を歩いていた石田さんが立ち止まり、振り返って私の耳に顔を近づけた。
「そのドレス、諒太郎さんが選んだんですよ」
「え!? 」
まさかまさかだ。だからと言って嬉しいとかそういうものでもないのでただ驚きでしかないのだが。
そんなことを思っていると、会場に着いてしまった。夫人に会いに行くのだと思いながらついていくと、連れてこられた先は諒太郎のところだった。
「かわいいでしょ? 」
「まあ、ね。似合ってるよ」
居心地が悪そうに言うので少し揶揄ってやろうと思った。
「似合ってなきゃ、諒太郎のセンスが悪いってことになるもんね」
「石田か……まあいいや。夫人の相手頑張って」
俺はもう行くから、と言って立ち去ろうとするのに、あ、と思い出したように立ち止まって石田さんと同じように私の耳に顔を近づけて囁くように言った。
「この中で一番可愛いよ」
「そんなの知ってる」
約三ヶ月ぶりの投稿です
もうみなさん忘れてますよね…




