休暇
使用人用の離れの廊下を歩いていると、上司というかなんというか、強いて言うなら相棒みたいな人に出くわす。
「お久しぶりですね。体調はいかがですか? 」
「お陰様で…ってすみませんね、こんな休んじゃって。あ、そういや、例の人来たんでしょ?どうだったんすか? 」
割と大変な時に体調不良とはいえ、長期休暇を取ってしまった。休む際にも奥様に、あらこれでは石田が大変だわ、と言われたくらいだから。
「大丈夫ですよ、大変な人ではなかったので。どちらかと言えば、我が主人の方が面倒でしたね」
主人…この家の次期当主である、三条諒太郎。ここで働き始めた十八の時、彼は五歳だったからもう二十年もの付き合いだ。それはこの石田も同じく。もはや家族同様かもしれない。それはそれで微妙だ。
「ま、そうでしょうねぇ。そうだ、例の人のざっと特徴というか、気をつけた方が良さそうなこととかありました? 」
「特徴……ですか。そうですね、簡単に言えば、あの二人は似た者同士ですね。……まあ、そんな顔しないでくださいよ。多分見ていればわかると思いますがね」
真面目な顔がふっと笑ったが、全然笑い事じゃない。あんなのがもう一人増えたらたまったもんじゃない。そもそも、この体調不良はストレス性のものだって医者に言われたのだから。ついでに胃に穴も空いていたので完全に労働環境によるストレスである。
「それ、ほんとに大変な人じゃないんですか?あれ二人は無理っすよ……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。ただ、一人っ子特有のって感じなだけで」
この人がこんなに可笑しそうに笑うのは少し珍しい。前は辞めたい、なんて言っていたのに。しがらみと利害関係が主な空気のこの屋敷で、長く続くのは、代々勤めている者と、金がない者くらいだ。あとはすぐに辞めてしまう。石田は代々勤めている者だから、そう簡単には辞められなかったのだろう。反対に自分はというと、四人の兄弟の学費の為には何がなんでも辞めることはできない。
石田と別れて少々憂鬱になりながら主人の部屋へ向かう。主人と言っても、雇い主はその母親だが。要は子守のようなものだ。
コンコン、とノックして、入りますよ、と言いながら入ると、主人……三条諒太郎はソファに寝転がってスマホを眺めていた。その辺の若者と変わらないな、と思いつつ、観てるものは違うんだろうなとも思った。
「おーい、目悪くなるぞ」
「んー……あれ? 」
ぱっとスマホを外して驚いたようにこちらを見てきた。
「どうかしたか? 」
「え!衛藤じゃん!久しぶり」
石田の伝達が上手く行ってなかったのか、珍しい。そんな驚くことでもないだろうに。
「いやぁ、もう戻ってこないかと……そういやなんで休んでたの? 」
知らないのか、別に言うほどでもないことだが。彼のこの辺の察せなさはなかなかだ。案外、身近にいる者に対して気が付かなかったりする。
「過酷な労働環境のせいで胃に穴空いたの!つか、俺が辞めるわけないだろ」
持っていたバインダーで軽く諒太郎の頭を叩くとばしっ、といい音がした。
「あー、兄弟の学費だっけか。てか労働環境って、俺なの? 」
「……俺が十何年子守してんのはお前だけだよ」
なんで叩かれたのか理解できない、と言うので、呆れてしまう。
「石田も衛藤もひどくない?二人して俺を子供扱いすんの」
「お前がいつまで経っても子供だからな……原因が自分にあるって考えないのか? 」
でもまあそうか、そういう奴だったな、と諦めながら、バインダーに挟んであったメモを抜いて諒太郎に渡した。
「ほらこれ、大奥様からの言伝だそうだ」
「げ、要らないね。この間飯食ったばっかじゃねぇか。不味いったらありゃしない」
メモには、来週の会合には顔を出すこと、と書かれていた。彼が必ず必要なわけではない。ただ、そこに鈴井の当主がいるから、という理由だった。彼の婚約者の父親だ。
「災難だね。前回すっぽかしたって聞いたぞ。二回に一回は顔出しとけ。後々の面倒が少ない」
「表情筋筋肉痛になりそうだよな、これ。二回に一回なんて行ってられるか。なんか予定入れよっかな」
「俺の話聞いてたか……? 」
これを報告するのにどれだけ神経が擦り減るか知らないんだろう。また近いうちに長期休暇を取る羽目になるか、いっそのこと転職するか……
などと考えていると、コンコン、とドアがノックされる。
「入りますよ、衛藤も来てますね? 」
ドアを開けながらそう入ってきたのは石田だった。そこからひょいと人影が動いた。
「やあ、特に要はないけれども。衛藤さんを見てみたくてさ」
これが、例の。可愛い顔をしている。真っ黒な眼と髪に、青白い肌……幽霊みたいだ、と思った。
「どうせいつかは顔合わせるのにわざわざ見に来たんだ?」
「石田さんが学校の近くまで迎えに来てくれたんだけど、その時に衛藤さんがいるって言うからさ。衛藤さんにも、私だって認識してもらった方がいいでしょ? 」
なるほど、こいつは少々曲者だ。俺が周囲に悪いことを吹き込まれる前に、自分の味方をしてくれと暗に言いに来たってわけだ。石田に大体聞いているんだろう。そもそも石田は彼女に好意的だ。その石田と同じように諒太郎に仕えている、という時点で、彼女の中で勝算はあったわけだ。
「初めまして、小野寺恵都です。これからよろしく、衛藤さん」
「……こちらこそよろしく」
彼女はにっこりと笑うと、その笑顔のままその奥にいた諒太郎に目を向けた。
「じゃ、もう帰るね? 」
「えぇ〜もう少しいればいいじゃん」
「着替えたいの。制服湿ってるから」
袖を触りながら不満そうに言った。それを見た諒太郎は逆に可笑しそうに笑った。
「いじめられてるじゃん。鈴井奈莉花に。仕返ししないの? 」
「何もしてないわけではないけど。鈴井奈莉花より、それに脅されて何でもかんでもやってる奴の方が腹が立つ」
鈴井奈莉花……鈴井有莉花の妹か
「ありゃ、あの妹、姉の婚約者の愛人いじめるほど姉と仲良かったっけ? 」
記憶していた中では、姉の揚げ足を取るのに躍起になっていた気がしたんだが。それが、こっちにも降りかかってくるもんだから面倒極まりなかった。
「んにゃ、自分の取り分が減るとでも思ってんじゃねーの。姉は俺と仲悪いけど、自分ならって思ってそうだしな」
「何それ、初めて聞いた。タチ悪……ま、とにかく文化祭来てよね。写真の件もあるんだし」
少し嫌そうに彼女は言ったが、嫌な学校生活の話ではなかったのか。諒太郎に来て欲しいと言うなんて。少し気になったことを石田に小声で聞く。
「写真?……石田が言ってたやつか? 」
「そうですよ。正直、子供っぽい賭けですよね。……似てるって言ったでしょう? 」
「……なるほど」
ひそひそ話していると諒太郎に睨まれた。
「何話してんのさ」
「大人の話ですよ〜会話に入りたかったら大人になんな」
「え、じゃあ私も? 」
意外そうに言う彼女はこちらと諒太郎をちらちら交互に見た。
「そりゃあね。あんたら似たもの同士だよ、仲良くやれよ」
「ええ〜」
ひどく嫌そうだった。それを見た諒太郎が複雑な顔をする。
「なんかどっちにも不満があるんですけど? 」
仲良くやれそうで何よりである。
もう何ヶ月ぶりかの更新です。話が全く進みません。次の話はちゃんと進むように書きます……




