有明月
カーテンの隙間から月が見える。ベッドに仰向けになりながらそう思った。彼の腕の合間に月が見えるのは幻想的かもしれない。
「…何見てるの? 」
彼は私に覆い被さるような体制をしていた。上から降ってくる声が心地いい。
「月がね、見えるの。今夜は、…有明の月ってやつかな?三日月とは反対だもの…」
そう言うと溜息をつかれてしまう。お月様の話をしただけなのに。この状況で月を見ている方がおかしいのか。
夜、というのは私たちにとって少し特別な時間だ。まあ、変な意味ではなく……出会ったのが深夜だから、それなりにお互い思い出すことはある。あれから、もう三年。
そんなことを考えていると、ふと思い出した。
「ねぇ、私を殺してくれない? 」
目の前の目が思いっきり見開かれた。彼の頬に手を添えると、我に返ったように呆れた顔になる。
「何言ってるの……」
「ふふっ、ちょっと思い出して…いいでしょ?あの時はお互いのこと何にも知らなかったけど、色々知った今は余計そう思うんだ」
本当に、そう思う。これは本心だ。好きな人に殺されるのであれば本望だろう。
「……何がいいの…澪依華のことだから好きな人に殺されるなら本望とか思ってそう」
「よくご存知で」
考えていることが分かってしまうくらいにはお互いのことを理解している。あの日から三年。
「ね、首でいいからさ」
「……はぁ…」
折れたように彼の手が動く。私の首に彼の手がかけられる。
「首、細いね……両手の親指の付け根を合わせても余裕で中指がつく。……片手でいいか」
ゾクゾクする。半袖の下は鳥肌が立っていた。鼓動が速くなっているのは、首の血管から多分バレてる。
かけられた手に力が入る。少しずつ力が強くなってきた。それによって少しずつ息を吸いにくくなっていく。
「……んっ…」
思わず顔が歪み、声が出てしまう。その瞬間、首にかけられた手の力が緩んだ。
「………はぁ……気は済んだ? 」
少し疲れたような顔をしていた。
「もう終わりなの? 」
凄く嫌そうな顔をされた。彼は口で言うより表情で言う。まるで子供みたいだ。
「…………疲れた…」
そう言って横に倒れるように落ちてきた。うつ伏せになってこちらを向く。
「何もしてないのに」
「…精神的に疲れた。……息の根を止める、という方法としては、一番こちら側にダメージが大きいんだよ…それに、」
言い淀んでしまった。少し決まりの悪そうに。手を伸ばして彼の髪に触れる。
「それに? 」
言いたいことは分かってる。これはちょっとした意地悪だ。
「………そんなの、見ていられないでしょ。澪依華が望んでそうしたとはいえ、俺が見ていられないの」
彼の髪に触れていた手を耳から首にかけて滑らせ、反対の腕も首にまわす。
顔を彼の耳まで寄せていき、耳元でそっと口を開いた。
「ふふっ、私愛されてるなぁ」
「なっ、……揶揄わないでよ…もう…」
たまに、彼が歳下に見える時がある。八歳も上の筈なのに。
彼の後ろにまわした手をするりと解いて、そこから抜け出そうとすると、彼の腕が私の背中にまわってきた。
「……?どうしたの? 」
問いかけても応えがない。応えの代わりか、背中の腕に力が入って引き寄せられる。
「わっ!……な、何? 」
やっと、背中から声が聞こえた。
「……何だろうね、なんだか、居なくなってしまうような気がして」
「どういうこと? 」
また暫く黙ってしまう。全くおかしなことは言ってない筈なのに。
「……そうだな…たまにそう思う時があるんだよね、なんかさ、ふわふわしてるよね」
「…何が?……もしかして私が? 」
前に言われたことがある。掴めない、と。どうしてそう思うのかはよくわからない、と言われた。
「…うん。何だろう…自分のことを喋ってんのに他人事みたいな気がして」
彼の背中に手をまわして、そっと目を閉じる。
「…………大丈夫、ここにいるよ。私にはもうここしかないんだから」
私の居場所はここだけ。正直、あの実験を知った後、三条家に脅されなくても、私はここに留まっていただろう。彼の迷惑にさえならなければ。私は恐ろしく弱いから。
「…そうだね。ここから逃げられないからね」
背中にまわされた腕の力が弱まる。そこから少し離れた。
「ううん、違うよ」
彼の目を見てそう言った。そういう理由にしたくないから。
「私の大切な人がそこにいるから」
ちょっとこの2人がいちゃいちゃしている話を書きたかったんですけど、なんだか上手くいかず…
この不幸の檻、という話を最初に思いついたのは、この夜に男が女の首を絞めている場面。全てがここから始まったのです…そんなこともあり、満足はしてますw




