一年
高校三年生になった。受験生だ。時間が経つのは早すぎて恐ろしい。そう、秀と出会って一年経った。
一年の間にいろんなことがあり過ぎて、それに追われていた感じがしなくもないが、一年前の私はまだ私が生きているなんて、そしてこんな運命が決まっているとは全く想像もできなかった。
夕食を作りながらそんなことを考える。全く後悔してない。どうせ死ぬつもりだったんだから。それが少し長くなっただけ。秀は、私を巻き込んだことを自分のエゴだって言っていたけど、私はその運命を知ってもこの先の自分の人生を悲観しなかったし、寧ろ自分の復讐も兼ねて好都合だった。利害の一致みたいなところがある。
さて、彼はあれが一年前の今日だということを覚えているかな?
「さて、今日はなんの日でしょう? 」
夕食の時間に彼女が突然言い出す。ちょっと顔が得意げなので本当に何かあるんだろうけれど、誰かの誕生日でも、イベントでも、はたまた給料日でもない。
「………え? 」
「えぇ〜!わかんない? 」
頬を膨らませて怒る、というか本気では怒っていないけれど、俺は何か忘れているらしい。彼女的には文句を言うレベルの。
「……な、何かあるの、今日…」
「ふふん、じゃあ、教えてあげましょう〜!今日はね、…私たちが出会って一年の日なんです! 」
「…………は? 」
ドヤ顔で言われたが、いまいちピンとこない。まずそんな経つのか、というよりも、そんなこと…?というのが先だった。でもそれは言ってはいけない。昔付き合ってた彼女に怒られたことがあるから。
「いや、そういうの……澪依華も記念日みたいなの気にするんだって思って」
「ああ、そこまでってほどじゃないけど、最近ママの命日があったからそろそろだなーって思い出してさ」
「あぁ……」
その1週間後のことだったらしい。真夜中の公園で俺を見つけたのは。
「まあ、でも秀が覚えてないのは想定内だし!さっきだって、そんなことかって顔してたし、記念日とか覚えてない人でしょ? 」
図星です。はい、すみません。一年でこんなに知られてしまうのか。昔はバレなかったのに。
「ま、まあ、それは兎も角、こんなことに巻き込んでごめん。今そんなこと言ってもどうしようもないけど」
取り返しのつかないことをした自覚はある。これは一生償わないといけない。
「……まだそれ言う?いいって言ったじゃん。それにさぁ、元々私死ぬつもりだったんだし。まぁ、そんな私をまだ生かしているんだから、責任とってもらわないとねぇ? 」
彼女の、こういうところがちょっと怖い。勿論良い意味で。相手が逃げられない言葉をかけてくる。
そこでふと、少し前から疑問に思っていたことを思い出す。この話題になっているのならちょうど良い。
「……あのさ、澪依華は、あの時なんで俺が人殺しってわかったの? 」
あの時、随分憔悴していたらしい。彼女がどうして気がついたのか深く考えないまま彼女の自殺を止めて、一緒に暮らし始めてしまった。
「………臭いでわかったのは本当だよ。……でも、そうだなぁ…これは昔話になるんだけどね……」
懐かしいような顔をして、そう切り出した。
もう十年以上前、ママはアパートの下の階にある大家さんがやっているスナックで働いていた。勿論、時間帯は夜だ。となると、私はまだ小さいので家に留守番はさせられなかった。だから、店に連れてきていたことが多かった。
そこで何をするかというと、角の方で遊んでいたり、お客さんが話しかけてくれたり、まあ一人でいるよりもお客さんと話していることの方が多かった。初対面の人に話しかけられるのはこれがあるからだろう。
その中で一人、誰とも話さずにお酒だけ飲んで帰って行く人がいた。話しかけられれば口を開くが、自分から口を開くことはなかった。その人にある日、話しかけたことがあった。
「おじさん、どうしてあんまりしゃべらないの?おしゃべりきらい? 」
横に座ってその人をじっと見上げる。あまりちゃんと見たことがなかった。歳は四十ほど、白髪が混じり始めた焦茶の髪に、少し彫りの深い顔立ちだった。それまで全く動かなかったその顔は、私が話しかけるとにこり、と笑った。
にこってするんだ…はじめてみたかも!
「そうだねぇ、嫌い、というわけではないけれど、私が話すよりも他のお客さんが楽しそうに話しているのを見るのが良いんだよ。お嬢ちゃんにはまだわからないかな? 」
彼からは、少し錆びた鉄の臭い……当時は鉄棒とか、鼻血の出た時の臭いと同じだと思っていた……がした。
「…ふぅん、わかるよ」
これは本当だった。他の人が楽しそうにしているのを見るのは好きだったから。
「……そうかい。お嬢ちゃんは大人だね。私の子供たちはきっとわからないだろうね」
大人、と言われたのはちょっと嬉しかった。
「おじさん、こどもいるの?どれくらいの! 」
「二人ともお嬢ちゃんよりちょっと大きいかな」
「二人もいるの!…おじさんのこともっとしりたい!あっ、おじさんはなんのおしごとしてるの? 」
すると、彼は少し困った顔をした。暫く黙って考えた後、こう小声で言った。
「今から言うことは、おじさんとお嬢ちゃんの秘密だよ? 」
「…ひみつ?…いいよ!ぜったい、だれにもいわない!ママにもいわない! 」
子供の頃は誰かの秘密というのは魅力的で、好奇心で頷いた。
「おじさんは"ころしや"なんだ」
「……ころしや? 」
「そう、悪い奴なんだよ」
それをどうして自分の子供よりも小さな私に言ったのか、理解できなかった。今でもわからない。
「……おじさんは、わるいひとじゃないよ」
そう言うと、その人は寂しそうな顔で笑った。
「まあ、その人と似たような臭いがするな〜って。匂いと記憶って関係があるんでしょ? 」
どうして、あの場所にそんな人間が出入りしていたのか不思議だし、その人は家族にバレなかったのか、とか思うところはあるが、そういうことだったのか。
「ってよく言うよね。なるほど、変な人だね」
「ね、ちょっと変わってるよね。でも……その人さ、その後一回も見てないんだよね。最後のつもりで来たからあんなこと言ったのかなぁ? 」
…………?当時、澪依華よりも少し上の、子供が二人いる、四十歳くらいの男
変に、引っかかった。
もしかすると……ああ、なら納得がいく。
死ぬ前だからって、変なことを小さな女の子に吹き込むもんじゃないですよ、父さん。
一年振り返る話じゃなかったですね、、、
以前、ご指摘いただいた部分の説明を兼ねた(割と主だった)話でした
私はお付き合いしたことないですが、みなさん、記念日は覚えている派ですか?




