夢手紙
眠れない。時計が指すのは二時十七分。今日は、早めに勉強を切り上げたというのに、すでに生活習慣が狂っているのか、なかなか寝付けない。寝返りを打って、ぼうっと部屋を見渡す。
まだ少し慣れない。借りたものという感覚がまだある。これから死ぬまでここに住むことが決まっているのに。
……もしかすると、まだ、前の家に帰らないといけないという意識が残っているのか…………?
それはない、と打ち消す。そろそろ、このよくわからない、でも明らかな負の感情をどうにかしないと。
だんだん苛々してきたので起き上がる。寝巻きといっても半袖のTシャツに半ズボン。外に出てもなんとかなる服装だ。本当はこんな時間にで歩いちゃいけないんだけど。
秀を起こさないようにそっと玄関を開ける。玄関に置いてあったローファーを履いて、外に出る。
行き先は例の公園。夏休みとはいえ、この小さな公園には人はいない。ブランコに座って少し揺らす。
…キイィ…キィ……
そういえば、もう少しで誕生日だ。八月二十一日。あと一週間くらいか。教えていないから何も言われないと思うけど…
チャリリ……
鎖の音、自分の座っているのではない。隣を見ると、少女がいた。
肩のあたりまで伸びた黒い髪、ぱっちりとした大きな目…どことなく誰かに似ている。少し、鏡を見ているような感覚に陥る。白いワンピースを着た彼女は、気配ひとつなく隣に座っていた。
「………こ、こんばんは…? 」
「こんばんは。こんなところで何しているの? 」
声をかけるとこちらを向いてにっこりと笑った。
「あ…眠れなくて。ここに来たくなって。あなたは? 」
「私?私はね、あなたがここにいるから」
………?どういうことだろう?雰囲気も不思議だから本物の不思議ちゃんだ。
「ねぇ、眠れないって言ったよね?じゃあ、少し私とお喋り付き合ってよ! 」
「…あ、いいよ、勿論。あなたの話、ちょっと興味ある」
「ほんと!?じゃあ、私のお兄ちゃんの話を聞いて? 」
凄く嬉しそうに、そう言って彼女は彼女の兄の話をし始めた。
彼女と四歳年上の兄とは、昔から仲が良かったそうだ。いじめられているのを助けてくれかこともあったらしい。両親を早くに亡くして以来、お互いだけが頼りだったという。
「素敵なお兄さんなんだね」
「そうなの!……でもね、お兄ちゃんは自分を大事にしないの。それが何よりも嫌」
綺麗な顔をひそませてそう言う。大切な人だからこそ、その人が犠牲になる姿は見たくない。
「……私の、好きな人に似てる」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をしたが、すぐにぱっ、ともとの明るい顔に戻った。
「ねぇ!あなたの好きな人のこと、教えてよ!やってみたかったんだ、恋バナっていうの」
「え、…………といっても、そんな大層な話じゃないし、その人に好きだってことは言ったけど、彼からの返答は聞いてないっていうか、聞けないっていうか…と、とにかく大した話じゃないって」
そんな話、あまり人に話したことない。今ちょっと話しちゃったんだけど…佳澄ちゃんにでさえちゃんと話してないのに。
「見ず知らずの人に話すのが怖いかもしれないけど、逆に見ず知らず人間関係だからこそ、色々話せるかもよ? 」
確かに……私と彼の関係は自分の周囲の人たちには話しづらい。
「そう、だね……私の好きな人は、私にとって恩人なんだ。彼は自分のエゴだって言っているけど、少なくとも私にはそう思えなかったよ。まあ、……彼方にも事情はあったわけだけど」
一気に話したものだから、彼女は戸惑っていたが、ちゃんと聞いてくれた。
「彼にも事情があるって聞いた時はどう思ったの? 」
……どう?私が、あの三条家と小野寺家の因縁を知った時?それとも、私が彼の妹に似ているから彼が助けたと知った時?
「さあ……でもちょっと安心した。私は何もしないで生きているだけなのに、彼は衣食住を保証してくれている。それに対して何か要求されることもなかったし、何考えてるのか正直わかんなかったから」
本当に、少しほっとしたんだ。私が彼に寄生してるわけじゃないってことがわかったから。彼もまた、私に何かを求めていたんだと。
「……あなたは、考えすぎ!十何年の人生で何があったかわからないけれど、もっと簡単に生きていいはずだもの! 」
怒られた。誰かに、自分の心の内に対して何かを言われたのは久しぶりだ。これは叱られた、の方が正しいのか。
………最近、無性に苛々すると思った。考えないといけないことが多すぎたんだ。色々悩んでも、みんなの前では明るい園田澪依華でないといけないと思ったから。私の偽物の顔とは違って、彼女は本当に喜怒哀楽がはっきりしている。今この一瞬をとても大切にしている。この投げやりな生き方を変えないと。誰かのためじゃなくて、自分が後悔しない生き方をしないと。
恋愛の話についてのはずだったのに、何故か彼女の言葉は、自分自身の在り方について言われているように感じた。
「あなたも、お兄ちゃんも、ちゃんと自分を大事にして!あなたたちは必ず誰かに必要とされているんだから! 」
「……ごめん、なさい。多分、すぐには無理だから、ちょっとずつ考えていくよ。…時間も時間だし、そろそろ帰ろうかな。あなたも帰った方がいいと思うよ」
ブランコから立ち上がる。長時間座っていたので腰が痛い。んーっ!と伸びをする。
「そうね、そうする。…ほんと、あなたたちって似たもの同士ね」
「……え?だれと、だれが?まさか、私とあなたのお兄さん? 」
彼女はブランコから立ち上がって周りの柵に乗り上がる。目線が上になる。
「うん、勿論!ね、私自分の机の一番下の引き出しの奥に手紙を入れてあるんだ。帰ったら読んで」
「ね、ねぇ……どういうこと?あなたは誰?名前、聞いてなかった」
パイプ状の柵を平均台のように歩いていく彼女に問いかける。
「まあまあ、変な人じゃないよ、安心して、ね?園田澪依華ちゃん」
私はさっきから全く名乗っていない。何故彼女は私の名前を………?
「お兄ちゃんをよろしく。あなたならきっとお兄ちゃんを救ってあげられる」
………………!めぐみさん!
だから見たことがあったような気がしたのか。確かに似ている。確かに、少し私に似ているかもしれない。
「あ……待ってめぐみさん…! 」
ピピピ ピピピ ピピ ……………
目覚ましの音で目を開ける。時計は六時半を指している。
夢、だったのか……
暑い。真夏、お盆だ。エアコンをつけないと暑くて仕方がない。
夢、だったのかな…あ、机の引き出しの奥!
「………あった…! 」
『いつかこの手紙を見つけるあなたへ』
内容はいたって単純だった。
『お兄ちゃんを絶対幸せにしてください。そしてあなたも絶対に幸せになってください』
確かに、彼女と私は似ている。でも全く似てない。私は彼女のようには強くなれない。
でも、私は私と私の大切な人くらいは幸せにしてみせる。
眠れない時ってみなさんどうしてます?




