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不幸の檻  作者: みあ
小話
45/62

「仕事」

 澪依華と出会う前、といってもほんの数ヶ月前だ。めぐみが死んで三年、死んだように息をし続けていた。


また、この日も三条家からの仕事をやらなければならない日だった。指定された住所に着き、鍵を開ける。鍵はあちらから支給されるのだが、何せ他人の家の鍵なので、それを見るだけでも気が重くなる。


 今日の仕事はとりわけ嫌で仕方がなかった。対象の名前が同姓同名の赤の他人であって欲しい。


「やあ、君が三条家からの刺客かな? 」


暗がりの中で、聞き覚えのある声だった。信じたくなかった。しかし、そこに見えた人物は、厳格な雰囲気の、それでいて優しい声の男。


「………お久しぶりです。武藤先生」


彼は、俺の姿を見ると酷く驚いた顔をした。当然だろう、教え子が自分を殺しに来たんだから。


「……お、小野寺君じゃないか!高校生の頃からあまり変わってないね。…違うな、あの頃よりもずっと寂しい顔になった…」


高校時代、三年間の担任。世話になったどころの話じゃない。不安定な時分によくしてもらった。


あれから、六年。変わったことといえば一つだけ。それが大きすぎて、他に変化するものがなかった。


「妹さん……めぐみさんは元気かな? 」


めぐみとは高校は違うから、知らないのか。


「………死にました。三年前に」


「な……そうか…それはご愁傷様だった」


学校行事に来たり、それこそ先生に妹の話をしたり、親がいないことは知られていたから、小野寺秀一という生徒には妹の存在が大きいのは分かっていたのだろう。


「……あの、聞いてもいいですか? 」


「何をかな?…というのは野暮か。私が三条家に始末される対象となっているのか、ということかな? 」


こんなことをかつての恩師に聞くことになるとは、当時は思いもしなかった。


「そうだね…立っていてもなんだ。そこに掛けてくれないか?何か飲み物でも用意しようか。コーヒーでいいね? 」


「あの、いや…お構いなく。というより、歓迎されるべきではないのでは? 」


あまりにもあっさりしていて、これから自分が死ぬというのに、動じもせずになんでもないかのように振る舞っているのでこちらが戸惑ってしまう。


「ああ、少し長い話だから。それに、死ぬ前にゆっくりしたいじゃないか」


そう言って、二人分のコーヒーを用意してくれた。リビングにあるソファーに向かい合って座る。


「もう、三十年も前の話なんだよ…」


そう切り出した話は、交通事故から始まった…


 先生には当時、奥さんと小さな娘さんがいたそうだ。休日にはよく家族で出かけるような仲の良い家族だったという。娘さんは、明るくてよく喋る活発な子だったらしい。


そんな家族の幸せが壊れたのはある平日、奥さんと娘さんが歩道を歩いているところに、一台の車が突っ込んできた。その場にはその二人以外にも何人か通行人がいて、その人たちも巻き込まれた大事故だった。その場にいた三人が死亡した。


死亡した三人のうち、奥さんと娘さんが含まれていた。


しかし、加害者は捕まらなかった。上流階級の人間……三条家の御曹司だったからだった。


報道もされず、被害者の遺族には多額の賠償金のようなものが支払われた。そして、このことは誰にも話すな、と言われたのだ。


なかったことにするために。


それに怒りを覚えずにはいられなかった。一時は復讐を考えていたものの、無謀なことだと思い、そのまま風化させた。


 そして二年前、ある人物が先生のもとを尋ねる。三条家とは対立関係にある家の人間だった。その人物は、その事故のことを知っていた。そしてその時どういう対応をされたのか、いくら支払われたのか、事細かく聞いてきた。そもそも、この対応に全く納得していなかった先生は、それを彼に全て話してしまった。


彼は、その情報を脅しに使ったらしく、先生が事故のことを話したことが発覚してしまう。




「そして、殺されるんだと思ったらその刺客というのがかつての教え子だとは…人生最後までわからないものだね」


「………そう、ですね。俺も、ここに今いるのが自分だとは思いませんでした」


いつも思う。今生きているのがめぐみだったらよかったのに、と思うけれど、あのまま死んでしまった方が良かったのか、この不幸の連鎖をめぐみに押し付けることになるのが良かったのか、今でもよくわからない。


「でも、この状況で一つだけいいことがあったとすれば、自分のことを知っている人に死に目を見てもらえることだよ」


「その死に目を作るのがその人でも? 」


先生話をその言葉に頷き、微笑んだ。


「ああ、いいんだよ。それに、ずっと生きた心地がしなかった。早く二人のもとへいきたい」


懐に支給された銃がある。


手が、震える……動かない…


「………無理、です…この仕事をさせられたことは何回かありますが、…初めてこの仕事させられた時より手が震えるんですよ……」


手だけでなく、声も震えていた。冷や汗が止まらない。


「…そうなのか…こんなことを幾度もやらされているのか。……大丈夫、君が気に止むことではないよ。君が今、私を殺さなかったら別の誰かが来るんだろう?私は君に殺されたいんだ」


それが嫌なのは先生だけではない。他の人間ら先生の尊厳を踏み躙りかねない。なにしろ三条家の側近だから。


震える手をもう一方の手で支えて標準を合わせる。引き金に指を添え、引く前に一言言いたいことがあった。


「……先生、俺は、先生の教え子になれて幸せでした。ありがとうございました」


先生が微笑んだのを見て、引き金を引く。


こんな話、聞きたくなかった。こんな目に遭っているのが自分達だけだと思いたかった。


あまり遅いと、何か疑われる。


ああ、そうか…これは、わざとなんだ…


全てがこの実験の一部。周りにいる人間を消していけば不幸になる。そう考えているんだろう。




    ガタンッ

「……はっ…」


暗い。肌寒さを覚えた。エアコンをつけっぱなしにしていた。時計を見ると、二時四十二分。


なんだ…夢か。半年前じゃないか、あれは。


先ほどの大きな音はなんだったのか。自室を出ると、リビングに澪依華がいた。


「……あ、起こしちゃった…? 」


「なんかあったの? 」


「あ、いや…教科書落としちゃって…」


テーブルの下には教科書が散らばっている。まだ起きていたのか。


「まだやってたんだ。勉強するのはいいけど、ちゃんと寝なよ? 」


「そうだね……秀こそ、大丈夫?顔色悪いよ。汗かいてるし。エアコンつけてたのに。悪い夢でも見た? 」


見られてほしくなかったところばっかり見られてしまう。隠したいことが隠せない。


「……そう、だね。今でも良かったのか、悪かったのかわからない…もうちょっと落ち着いたら聞いてほしい…」


もう、このまま自分の中で抱え込み続けるのは限界がある。彼女は、それに気がついてもこちらから切り出さなければ、聞いてくることもないだろう。彼女は、一瞬驚いた…恐らく聞いてほしい、の部分に…が、すぐ少し困ったように微笑んだ。


「…うん。じゃあ、待ってるね。夢の話だけじゃない、あなたが抱えているもの、全部聞かせて」

一話で終わらせようとすると、ちょっと長くなっちゃいますね……意外と本編で彼の「仕事」についての話に触れていなかったと思ったので、その中でも一番、というくらい重い話にしました

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