幸福論
先程一気に起こったことを頭の中で整理するのに物凄い時間を要した。
一つ目、ママが殺されかけた。
二つ目、ママが殺される日を一日延ばすのと引き換えに私を人質にした。
三つ目、意外にも三条家がそれを容認した。
一日で何ができるんだって言うんだろう。明日の一日、何をするかまだ何も聞いていない。今日も眠れないだろうな。
「おはよ。ちゃんと眠れた?」
「……おはよう…どうだろう、いつの間にか寝ていたけど。」
今日が、最後の日だ。朝ごはんを前にしてそう思った。その時が来たら、私は天涯孤独になるんだろうな。というより…
「はいっ!では今日の予定を発表します!」
昨日は全くその話題には触れずに寝てしまったので、何をするかは全く聞いていなかったし、見当もつかなかった。
「一つ目〜、お墓参りに行きます。二つ目〜、けいの服を買いに行きまーす。そのあとはお家に帰ってのんびりしまーす。以上でーす。質問はないですね〜!」
「なんでないと思ったの。墓参りはわかるけど、なんでそのあと服買いに行くの?それに最後いい加減すぎない?」
服なんていっぱい持っているし、新調する必要もない。家で何かするにしても、これを見越してか、随分と整理されているので、物の整理、というわけでもなさそうだ。
「まあまあ!全部ちゃんと理由があるから!その時になったらわかるよ。」
ということで、まず墓参りに行くことになった。電車に乗って少し歩いて、山を登ったところにある。そこからの景色は絶景だ。街全体が見渡せる。
「ここいい景色だよねぇ。初めてきた時しばらくここに突っ立ってたよ。」
「初めてきた時?パパと結婚して?」
「へ?あ〜、高校生の時かな。この家のこといろいろ教えてもらったあと。……そうかぁ、あれから二十年以上経つんだよね。歳をとるわけだ。私はあれから二十年も生きれるとは思わなかったよ。」
……ママは、死にたかったらしい。私がいなかったらパパが死んだ時にもうとっくに死んでる、と言った。それでもよかったけれど、これはパパとの約束だからなんだと。
「きっと、ご先祖は三条への復讐が叶わない限り、死んでも死に切れてないよね。…って、私たちもそれは叶わなかったわけだけど。」
私たちも、か……そのママの言う私たちの中に娘である私が含まれていないことがわかる。要は、私にそれを成功させろ、という暗示だろうか。
「……私もそうなるんじゃないの?」
この一族をかけた復讐を成し遂げられればそれでいいけれど、まだどうするのが一番いいのかわからない。しくじったら…なんてよく考える。その時は死が用意されているんだろう。
「じゃあ、それまで死んじゃだめ。」
「え?」
「だって絶対成功できるようにできてるんだから。だから、それが絶対成功するってなるまで死んじゃだめ。」
それは、そんなものは、もう…………
嫌だな。そんなことなら明日一緒に殺されてこの中に入れればいいのに。
お墓に向かって手を合わせる。今日が何も起こらず終わるように、と。この先のことは何も考えなかった。考えても無駄だと思った。明日で小野寺恵都の人生は終わる同然なので、想いだけはこの中に入れてください、と。
その後、先のやつは神社で言うやつだったと思い出したが、まあそんなに変わらないだろう。
「服って何買うの?」
いつも行っている洋服店に入る。ちょっと値が張るけれども、可愛くていいものを売っている店。ママは、そこをひと通り回って、次々とカゴに入れていく。黒いブラウス、黒いリボン、黒いプリーツスカート、黒いレースのついた靴下、そして、黒い靴。
「これ試着してみて?」
「みんな黒なの?」
「そう、いいでしょう?女の子が黒いブラウスってかっこいいと思ってたの〜!」
店員さんに案内されて、試着室に入る。足下に置かれたカゴは真っ黒だった。
今日着ているのは、白のセーラー襟のブラウスに、深緑の膝丈のスカート。それらを脱いで、カゴの中の全身真っ黒の服に着替える。サイズはぴったりだ。
鏡で一度、自分の全身を見る。黒い髪に黒い眼に、黒い服。顔を見ると、いつもより暗い。見慣れた自分の姿なのに、だれか違う人を見ているような感覚に陥る。
試着室のカーテンを開ける。店員さんが、丈は大丈夫そうですね、といって、お買い求めになられますか?、とママに聞いた。勿論、買う気だった。
別に自分に似合ってないわけではないのに、どうしてなのか、自分でもわからない。兎に角嫌だったことは確かだった。でも、今日は、ママがやり残したことをやる日なんだからそんなことを言うのはやめようと思った。それからおんなじような全身黒の服を二、三日分買った。
家に帰ると、買った服の袋を開けて、タグを切った。
「なんで黒なの?」
店で聞いたことをもう一度聞いた。すると、今度はちゃんと答えてくれた。
「これはねぇ、明後日以降に着るの。私の葬式が終わるまでね。」
遠い自分の正体はこれだったのか。自分が自分を拒否しているかのような、いつもならそんなこと絶対にないのに。
「あぁ、そうそう。今のうちに明日以降のことを話しておかなくちゃね。」
「……それが、家でやりたかったこと?」
「ご名答!そもそもそのために一日猶予をもらったんだから。」
それから、明日以降のことを幾つか言われた。多すぎて覚えていられるか心配だったので、紙に書くことにした。
・明後日以降、今日買った黒い服を着る。
・今後のことの詳しいことは寝室にあるドレッサーの一番下の引き出しに入っている。
・パパとの約束は絶対に守る。
などなど……
「これで全部?」
「まあ、今のところはねぇ。言い足りなかったことはそれこそ書いてあるから。」
時計を見ると、もう五時をすぎていた。
「……そろそろ夕飯を作らなきゃねぇ。何か食べたいものある?なんでも作れるよ。」
夕食、か……何を食べたいかなんて、もう昨日から考えてあった。
「…….オムライスが食べたい。」
「お、いいねぇ。けいの好きな食べ物。ねぇ、手伝ってよ。可愛い娘と一緒に作りたい。」
「う〜ん!これが最後の晩餐かぁ。……そういえば、昔話したことあるんだよね、秀と。最後の晩餐何がいいかって。」
出来上がってテーブルに置かれたオムライスを前にこんなことを言い出した。
「……そのとき、パパはなんて言ってたの?」
「家で食べられるならなんでもいいって。ただ、私の作ったものならなんでもいいんだ、って言ってたよ。平然と言ってたけど聞いた方は照れるよねぇ。」
いかにも、パパらしい。ちゃんとそれが叶ってよかった。
「私も、ママが作ったご飯ならなんでもいい。でも、欲を言うならオムライスがいい。」
そう言うと、ぎょっとした目で見られた。
「え、けいが死ぬときママ死んでるよ?」
「だから、これが私の最後の晩餐。」
言いながら、オムライスをスプーンで掬って食べる。
「そんなぁ、はやいよ………まだまだこれからだよ?人生。」
「いや、明日で終わるも同然でしょ。」
「……意外と、そうでもなかったりするよ。少なくとも、私はそうだった。私も自分のママが死んだとき、もう人生終わったもんだと思った。でも、自分を救ってくれる人と出会って、その人のために生きようって思えて、幸せだったんじゃないかな。」
「……幸せだった……?どうして?」
「ん?……ああ、そうだ。これを教えてなかったね。幸せというのがなんなのか。……でも、分かってるんじゃないかな。それを自覚さえできれば。」
幸せという意味。それが本質的にわかるのは大人になってから。でも、その時、あの時教えてもらってよかった、と思った。
だってそうでなければ、その後の私はこうも上手くは生きられなかっただろうから。
オムライス美味しいですよね。飯テロみたいなの書いてみたいよなぁ…




