煩慮
「…へ?あ、うん。わかった。」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、ママの顔があまりに真剣だったものだから承諾せざるを得なかった。
「何か、用事あるの…?それに、その封筒一体なんだったの?」
「これはお掃除ロボットくんに任せるかぁ。我ながらめんどくさいことをしたねぇ。」
床を眺めながら呆れたように言う。私の質問なんか聞こえなかったかのように。
「…………土曜日、時間は九時。前よりも当たりが強くなると思っていい。出されたものは口に入れちゃ駄目。まあ、何回目だよって感じだけどね。それに、…いやいいか。」
そこで、封筒の中身も土曜日の予定もなんなのか分かった。パパが死んでから初めて行く。いつもはパパもママも二人ともいるから大丈夫だと思っていたけれど、今回はママだけなのだ。一体何のために行くのかはよくわからない。あちらが要求のある時にしか呼び出さない。何が目的なのかわからないけれど、覚悟していた方がいい。
とりあえず、お掃除ロボットに紙屑を掃除してもらった。私は、リビングの机に教科書を広げて残った課題をやり始める。それを見たママは冷蔵庫を開けた。バタン、としめて私の向かいに座ると、ドン、ゴトン、プシュッ、という音がする。顔を上げると、缶ビールを片手にするめを咥えていた。
「食べる?」
「いや、いいや。」
そしてそのまま全く会話もなく時間が過ぎる。具体的な時間はよくわからないが、恐らくそれは一時間の間に起こったことだと思う。
「はぁぁぁあ…ったく、面倒くさいったらない!殺すんならそこまでに何も干渉してくるなよ…そんなことしてたら未練がましくて死ねないじゃん…」
酔いが、回ってきたようでそれに比例して口が悪くなる。ママはお酒は強い方なので、多分この調子だとあと二本くらいは開ける。
「もぉ〜、頭使いたくないよぉ。ぼーっとしてても支障がない暮らしがしたい…そう思うでしょ?」
こちらに問いかけてくるが、これは答えを求めていないやつだ。こうなったらこちらは何も口を出さずに聞いていればいいので、目の前にあった袋からするめの足を一本とる。それを咥えてこくん、と頷く。
「えらいね。」
「え?」
「だってさぁ、パパが死んじゃって、絶対怖いし、寂しいし、不安なのに、こんなにしっかりしてる。ママの方がよっぽど情緒やばいよ。」
自覚はあったのか……だって、私が不安がってたらママに迷惑かけてしまうでしょ?そんなことはしたくないよね。それくらいわかってよ。
何も言わなかった。言わない方がいいと思った。
「まあ、けいのことだから迷惑かけるとか、そんなことばっかり考えてるんでしょ?そしてそれも言わない方がいいと思ってる。」
「……… 」
俯いたままペンを動かす。
「分からないとでも思ったぁ?ふふふっ、あははっ。親に隠し事なんてできると思わない方がいいよぉ。……てか、親なんだからそれくらい話しなよ。」
「そんな時間なかったでしょ。それに、そんなこと言ったってパパが戻ってくるわけじゃない。」
ママが目を見張った。
「う〜ん、ママは頼りないかもしれないけどさぁ、今のうちに全部吐いておいた方がいい。この後、本当に誰にも言えなくなる。ほら、私が生きているうちに、ね?」
今度は私が目を見張る番だった。終わりがすぐそこに見えていることを私は考えておかなくてはならなかったのだ。
その日、胸の内を全て明かしたのであった。怖いことも、寂しいことも、悲しくて悲しくて仕方がないことも。そして、今後への漠然とした不安に襲われていることも。久しぶりに出た涙が止まらなくて、あの話を聞いた時からずっと自分の中にあった暗い部分を全て言葉にしたのだった。
「さぁて、では今日の要件はなんだったのかなぁ?」
ママは昔からこうだ。三条相手でも恐れない。挑発的な態度をとる。
「舐めた口を聞きおって。私だってお前なんかを好きで呼んでいるわけではないわ。」
「あはは、早くくたばらないかなぁ。そうしたら、私にも遺産が入るのかなぁ?」
「えっ?なんで?」
思わず二人の会話?の中に突っ込んでしまった。
「あれ?言ってなかったっけ?ママの血縁上の父親はこいつだよぉ〜。」
「え!え!そうなの!?」
初耳である。要は私はこの老人の孫に当たるらしい。嫌だこれは。
「ま、そうでなきゃ、こんなに殺意は湧かないよね?…それはそうと、今日の要件は結局何なの?」
「お前らが言っていた『提案』についてだ。」
お掃除ロボットってどのくらいの大きさのゴミまで吸い取ってくれるでしょうか?我が家にはないのでわかりません…ちょっと気になりますね。




