子猫・二
「はぁ…。」
手についた血を水道で洗い流す。ここ十年以上で最も変わった点は、仕事をする時に躊躇するようになったこと。
つまり、慣れ がある思考によって妨げられている、という事態。
まあ、やっていることを考えればその躊躇いがむしろいいことだということはわかる。しかし、その分彼らの思う壺だということを考えると、今までのが良かったのか、悪かったのか。
今回の対象は子猫だ。しかも薄汚れた野良猫。それのなにが彼らにとって都合が悪いかというと、都合が悪いというより、むしろ都合の良いものだったから対象になったのである。
大切にしていたものや愛着を持っていたもの、血縁、などなど壊されてはこちらの身にストレスが与えられるようなものを壊しにくる。
今まで、そのストレスを与える標的が自分だったのが、娘である恵都に移っているのが問題だった。確実に代替わりさせられている。そろそろ自分が死ぬのも時間の問題だろう。
明日朝あの子がこれを見たらどう思うかな…あまり感情を伝えるのが上手い子ではないから。…数日間でも毎日見に行ってた子猫の凄惨な姿を見たらトラウマになるに違いない。
蛇口を捻り、水を止める。立ち上がるのも億劫でそのまま暫くまた考え始める。
というより、この作業をその光景を見ている自分にやらせるのも彼ららしい。きっと本質は理解できてないんだろうな。だからこの実験を何代になってもやめられない。
「あんた、昼間子供と来てたよな? 」
後ろに、人がいた。考え事をしていたから全く気が付かなかった。振り向いて立ち上がる。いつからいたんだろう。確かに昼間もいたが。50〜60くらいか、いわゆるホームレスというものに該当するのであろう男がこの公園に居座っているのは知っている。さっきだっていないのを確認してから入ったのだから。男がどこまで見たのかわからない。下手を打って騒がれたりしたらたまったもんじゃない。
「…よく分かりましたね。たまに夜ここへくるんですよ。」
一応、男が何も見ていなかった体で話す。
「へぇ、猫を殺しにか? あんた、そういう人間には見えなかったけどなあ。」
…見てたのか。というより、見ていても何も言わなかった方が恐ろしい。何を考えているのかまるでわからない。
「……いつからいたんですか? 」
「あんたが、公園に入って来た時、ちょうどここへ戻ってきたんだ。ホームレスってあんまいいイメージないだろ。気分悪くすると思って、あんたが出て行くまでその辺で時間を潰そうと思ったら、あんたが変なことし始めるもんだから、全部見ちまったんだよ。」
なるほど。今回は考え事が多かったのと、対象が人間ではなかったためか、警戒心が薄かったようだった。これは自分が悪い。
「…今回だけですよ、猫を殺しにきたのは。」
「にしてもその猫、あんたの子供が可愛がってたやつだろ。昼間一緒に来てたんだから、知らないでやったわけでもねーし、子供が悲しむとか考えなかったのか?それともわざとか? 」
よく見てるな、よっぽど暇なんだろう。
「できれば、こんなことやりたくないですよ。でも……もし、誰かに…圧倒的に自分より権力を持っている人間にそうしろと言われた場合、あなたならどうしますか? 」
「おれは、やんねーな。だって、自分の子供が悲しむってわかっててそんなことする親はいねーよ。権力者だろーがなんだろーが子供のためなら命張るのが親だろうが。」
そんなことはわかっていて、でもそうすると今の生活は終わりを告げるのが見えていて、その結果その方があの子が悲しむどころか苦しむのが目に見えてわかる。選択肢がこれしかないのは、まさに苦肉の策というものか。
「まあ、それが当たり前で、最善の策ですよね。どうすればよかったんでしょうかね。…あ、これ黙っていてもらうことって可能ですか? 因みに、警察に行って相談しても大事にはなってくれません。…あー、今手持ちがこれしかないですけど。」
そう言って一万円札と五千円札を出す。口封じだ。
「あんた…それでいいのか? しかもこんなホームレスのおっさんにこんな額出して…金持ちだろ。ま、そんなことしたところで、こんな汚ねーホームレスのおっさんに耳を傾けるやつはほとんどいねーよ。ありがたく受け取っておくけどな。」
この程度の金が通じる相手でよかった。
「ここから立ち退けるための資金にしてください。普通に子供の通学路にホームレスがいること自体も怖いんですよ。」
「なんだ? やっぱあんたのことは理解できないな。わけありってやつだな。大変だな、あんたも。じゃ、これで綺麗さっぱり忘れてやるよ。安心していいよ、もう家に帰んな。」
「そうですね。じゃあ。」
その場を立ち去ると、いつもよりやるせない気持ちが強くなっただけだった。
今回、後書きが一番悩んでいるかもしれない…です
過去にちょっと戻りましたが、次はちょっと進むはず…
恐らく、今後過去に戻ったり進んだりあべこべな感じで話が進んでいくと思います…




