#1
下午1点、秒針がきっかり12の文字盤をさすのを見届けてから、《円卓の魔術師》が一員、魔号をして《雷撃の魔術師》ことルイスは目の前の小屋の扉を四度ノックした。
小屋、とはいってもそれなりに頑強な造りで、庶民の住む民家よりは余程広く、手入れも行き届いている。しかしいかんせん、小屋の建てられている場所が場所なだけに、ルイスには目の前の建物が貧相でちっぽけな”小屋”にしか見えないのであった。
世界に誇るレン帝国の三公が一家、ラーノ公爵家が帝都に構えるタウンハウス、三公の威信をこれでもかと見せつけるかのような広大な敷地と美しく豪奢な城、四季折々の草木花が丁寧に植え付けられた風流な庭園、獣どもがゆったりと歩き回り鳥たちがピチュピチュとさえずる澄んだ川の流れ、人はこの邸宅を「白水の園」と呼ぶ。
そしてその広い敷地の内部にひっそりとたたずむ小さな離れ。見事としか言いようのない邸宅と比べられては、いくら手入れが行き届いていても犬小屋にしか見えず、ラーノ公爵家の建造物としてはあまりに不似合いであった。
ややあって、ガチャリと開いた扉の先に立っていたのは、例のごとく代わり映えのしない一人の青年。
ルイスは、前髪で目元を隠し、寡黙で一体何を考えているのか皆目読めないこの男が苦手だったが、そんなことはおくびにも出さず、どうもうさんくさいと定評な愛想笑いを顔に貼り付けてにこやかに挨拶をした。
「どうも御機嫌よう。《蘇りの魔女》殿はご在宅ですかな?」
ご在宅もなにも、ヤツは滅多なことではこの小屋から出ない、絶対的引きこもりかつ極度の面倒くさがりで、今日も一日外出する予定がないのは確認済みなので、これはいわばちょっとした嫌味に当たる。
だが、侍従服きっちりと着こなした背の高い青年は特に気にする素振りも見せず、相変わらずの無表情、鉄仮面で返答をした。
「朝早くからご苦労なことです、《雷撃の魔術師》様。しかし、主はただいまお休みであらせられる故、今すぐにはご案内いたしかねます。」
「……いや、もう昼過ぎなのだが…」
「世間一般のことはあまり存じ上げませんが、当家ではお嬢様が起床なさる時点が朝、只今お嬢様が眠ってらっしゃる以上、”朝早く”という表現が妥当かと。」
「……なんってまぁ、すがすがしい…」
「ありがとうございます。それではまた日を改めておいで下さい。」
ルイスの鼻先でぴしゃりと扉を閉ざそうとした青年を、ルイスは待て待て待て待てとやっとのことで止めた。
これだからこの青年は苦手なのだ。
「いやいや、多忙な身ながらわざわざこんなところにまで訪ねてきた主の同僚を普通閉め出すかね?!」
「お嬢様がおっしゃるには、自らを多忙と称する人間は、大抵仕事がとろい無能か、他人に仕事を押し付けられても断り切れない無能か、自ら余計に仕事を増やし悦に浸っている無能である、と。」
「お前たち、本っ当失礼だな⁉」
実は彼の発言に思うところがあって内心ぎくりとしたのは秘密だ。
「全く、外面だけはいいあの偏屈で性悪な君の主を気遣って家まで訪問するような親切な人間なんて私くらいなものだよ。はいはい、ほらそこどいて、とりあえず部屋にあげてお茶くらい出しなさいよ。」
「…はぁ、私としましても、主の《円卓の魔術師》の数少ないご同僚をおもてなししたいところではあるのですが、困ったことにお嬢様のお許しもなく客人を、しかも《雷撃の魔術師》様を招き入れでもしたら、お叱りをうけます。」
困った様子の片鱗すら見せず、しらっと言い切った忠義にあつい侍従に、ルイスははぁと一息ついた。
何事にも淡泊な反応しか示さない彼がここまで粘ってでもルイスを追い返そうとするあたりが、彼の主人の《蘇りの魔女》の意向を伺わせた。厄介ごとしか持ち込まない《雷撃の魔術師》は今後出禁にしろ、だとかそういう感じの…。
そう言われる程度には、今まで散々彼女に厄介ごとを持ち込み、押し付けた自覚はあるルイスはしかし、理不尽だという心持ちが消えるわけではなかった。
レン帝国は、五千年の歴史を持つとされる超文明国である。世界最大の人口を背景に、圧倒的な経済力、軍事力を保有し、大陸上で最も広大な領土と、周辺国の中でも特に高い権威、地位を築き、維持している。
《円卓の魔術師》とは、そのレン帝国の源泉として帝国臣民が崇める、レンロウ民族の英雄、古代シュカ帝国の始祖王、炎帝エドワードの時代から現代に至るまで、王朝が天命により交替しても、異民族に占領されても脈々と受け継がれてきた、11名の円卓に選ばれし崇高な魔術師たちによって構成される、皇帝直属の精鋭戦力かつ最高諮問機関である。
魔術を極めることが学問の道を極めることとされ、そういう人民を指導するにふさわしい学徳を身につけた教養人を、士人あるいは聖人、総じて士聖の衆と敬った古代の慣習から、皇帝の諮詢に応えて重要の国務を審議する機関として成立されたが、現在では皇帝の直轄軍としての面が大きく、あくまで諮問機関として国政に直接関与することはほぼない。
とはいえ、5000年の歴史ある《円卓の魔術師》の敬号は、魔術師でなくとも誰もが一度は夢みる、魔術師としてこの上ない栄誉である。"仁義"を胸に、"礼行"を重んじた古代の《円卓の魔術師》たちの偉業、伝説は物語や戯曲として数多く残されており、現在でも広く親しまれている。
《円卓の魔術師》には席次がなく、民族、年齢、性別、身分、出身、信条、功績に関わらず、全て《円卓の魔術師》は互いに対等、布衣の友にして金蘭の友であると定めているから、魔術師同士の間に序列はないしそれぞれ独立した一個人として活動するものとされているが、実際には閣議を進行し取りまとめる議長を在任歴の最も長い者が勤める習わしがあったり、軍属上がりか学者上がりかによって、また元の身分によって、それなりに派閥はあるし、円卓入りしたての新人にばかり雑用が押し付けられる面もある。
ルイスは特に、新人のなかでも軍功というより名声で円卓入りした軍属上がりなので、必然的に《円卓の魔術師》関連の雑用を優先的に押し付けられる立場なのだ。
学者上がりの場合、円卓入りしたところで自らの研究が無くなる訳ではないので実質職務に差はないが、軍属上がりの場合、軍から抜けて文民の身分を持つことになるため職務が減る上、学園で好き勝手研究をしていただけの学者上がりとはちがって、軍で上下関係に関してビシバシと叩き込まれているため都合がいい、といった事情らしい。
だから、同期でもルイスと学者上がりの《蘇りの魔女》では押し付けられる職務量の差は歴然である。それは、過去の記録を大幅に破って歴代最年少で、しかも特殊な《12番目の座》として円卓入りした《蘇りの魔女》に気軽に雑用を押し付けられる強者はいなかった、といった事情も多分に含むわけだが、それにしても彼女は上手くやっている。
なるほど、そう考えると先ほど侍従が述べた、自ら多忙と称する人間は大抵無能というのは大概当たっているのかもしれない。
まあ要するに、ルイスが声を大にして言いたいのは、確かにルイスが自分の手に負う案件や、向き不向きの観点から《蘇りの魔女》に任せる任務もあるしそれらが必然的に厄介事に当たることは否定しないが、しかし、そんなものはルイスが日頃押し付けられている雑用に比べれば、ほんのわずか、片手に収まる程度にすぎないのだ、ということだ。
それなのに、ルイスが仕事を持ってくる度、こうも悪役にされ、渋々という体をとられるとルイスも不満がたまるというものである。
数ある作品の中から、私の物語をえらび、読んで下さりありがとうございます!
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