MV
彼と二人きりになるのは突然だった。
エセがお手洗いに行ってすぐ
「うまく言っておいて下さい。」
彼は先輩にそう言うと、二人分のお金を机に残し
私の手を引いて、お店を出た。
お店を出た後、彼と私は走った。
大学生にもなって街中を思いっきり走った。
私たち以外にもお酒で陽気になった人たちがいる
賑やかな街の中を思いっきり走った。
駆け出しのバンドのMVにありそうな光景だと思った。
素人が書く横書小説の主人公になった気分だった。
「ねぇ!ごめん!」
彼は走りながら私に言った。
それは特に謝罪の気持ちなどないと思った。
その時の私に謝罪はいらなかった。
彼は人込みを抜けると走るのをやめた。
私はあれだけ酔っていて、思いっきり走ったのに
外の冷たい空気のせいなのか、他の何かのせいなのか
妙に頭がはっきりしていた。
「ねぇ、ごめんね。」
彼はまたそう言って、振り返り私を視界に入れた。
そして吹き出して笑い始めた。
「あははっ、ちょっ、ごめん。笑い止まんない。」
それもそのはずだ。
私はしゃがみこんで
尋常じゃないほど息を切らしていたのだから。
「ひどいよ…。私全然運動、してないんだから。
こんなに走ったの、久しぶりなんだよ。」
とぎれとぎれに彼に言った。
「だから、ごめんって。」
彼もまたしゃがんで、
私の息が落ち着くまで背中をさすってくれた。