これは、勇者が幸せになったというはなし。
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これは、魔王が平和に魔族たちを統治していたときのできごとだ。
この世の摂理なのか、魔王がいればそれを打ち倒す勇者がいる。
それはこの世界でもそうであった。
魔王を打ち倒すために勇者の力をもった子供が生まれたのだ。
国は、人間は歓喜に湧いた。
しかし、勇者の親は違った。
この子供は、魔王と同じかそれ以上の力をもっている。
そんな当たり前のことが恐ろしく感じた。
その恐ろしさから勇者と目も合わせることができなかった。
恐ろしさのあまり、両親はまだ幼い勇者を神殿へと預けた。
魔王を打ち倒す立派な勇者にしてほしいと口では言いながら。
勇者は神殿で育っていった。
神殿にも子供はいたがどこか浮いた存在であった。
誰も表立って口にだすことはなかったが、勇者は魔王と戦うものだ。
恐ろしいと聞く魔王と戦い、屠るものなのだ。
もし、なにか機嫌を損ねてしまったら?
もし、なにか意に添わぬことをしてしまったら?
自分はどうなってしまうのか。
そんな誰もが表立って言葉にできない恐怖が周りのものを支配していた。
勇者は些細なことで腹を立てたりはしないし、怒っても暴力に訴えるような人物ではなかった。
なかったのだが、誰もが勇者の力を見て恐れていたのだ。
魔王を打ち倒す、魔王よりも強いもの。
そう、魔王よりも強い力を持つ者。
そんな周囲の恐怖を勇者はわかっていた。
わかってはいたが、納得ができなかった。
なぜ、他人のために魔王を打ち倒すと言う使命を受けた勇者を周囲の人々は恐れ、遠ざけるのかと。
みんな「勇者様」ともてはやすが、その根底にあるのは隠しようのない恐れだった。
誰もが近づくなと、その力を自分たちにふるわないでくれと。
そう恐れていたのだ。
勇者は孤独だった。
誰もが勇者自身を理解しようとしなかった。
誰もが勇者が近づくだけでなにがあったのかと恐れ慄き近づこうともしなかった。
勇者は孤独であったが、周りの人間は違った。
誰もが、魔王を倒すことで一致団結していた。
誰もが、その目標へと向かっていったのだ。
勇者の意思とは別に。
それは、周りの人間がより団結をし、勇者がさらなる孤独を深めた時だった。
勇者の前に魔王が現れたのだ。
神殿の結界など気にもとめた様子はなかった。
勇者は敵わないと思った。
無理もない。
勇者はまだ子供だった。
まだ存分に勇者の力を使えはしなかった。
勇者は、走馬灯をみることはなかった。
なかったが、ここで自分が死んでしまえば神殿の連中も、王国の連中もこまるだろうな。
自分が死んで周りの連中が右往左往するのはとても気分がいいな。とはおもった。
死んでしまうと思った勇者に魔王は告げた。
「共にこないか」
来れば至上の教育を施そう、整った生活環境を与えよう、暖かい食事を与えよう。
そう高らかに魔王は言った。
勇者はそれに飛びついた。
それらは、ほかの人間が勇者に与えなかったものだ。
彼らは、勇者を魔王と戦うものとしか見ていなかった。
勇者と言う前にひとりの人間であることを、理解していなかったのだ。
今まで与えられることがなかったものに勇者は飛びついた。
そんな好条件があっていいのかと不思議に思うくらいだ。
魔王は勇者を人間として扱い、人間として欲しがるのではないかということをとりあえずあげただけだったのだが、思っていた以上の食いつきを見せた勇者に疑問を感じつつも魔王の住処へと連れてきたのだった。
勇者を連れてきた魔王は、言っていたとおりのものを勇者に与えた。
優秀な教師たちによる最高峰の教育を。
清潔なベットに毎日綺麗に整えられる自分の自室を。
栄養バランスが考えられた美味しい暖かい食事を。
勇者は魔王の住処へ来てからが、一番生きていると感じていた。
他人に自分の成果が認められる。
勇者ということを知っていても自分を一個人として扱ってくれる者たち。
共に遊んでくれる同年代の者たち。
生意気なクソガキ。
そう言われることもあったが、勇者は健やかに魔王のもとで育っていった。
やがて勇者は立派な青年へと成長した。
徒らに力を振るうこともなく、大局をみて行動できる人間になった。
勇者はこの魔王のもとで生き、その国を繁栄させることを心に決めていた。
そして、勇者が連れ去られた人間の国は大混乱。
ということはすぐになかった。
誰もが、勇者ならば大丈夫だろうと思っていたのだった。
当時の勇者は幼いこどもであったが大人の騎士を倒す程度には強かったということもあった。
しかし、いつまで経っても勇者は戻ってくることはなかった。
勇者が消えて一週間。
そこに来てようやく周囲の人々は騒ぎ出した。
勇者がいた時には考えられないほどに人々は混乱した。
最初は責任の押し付けから始まった。
勇者の周囲にいた人々への責任。
勇者を保護していた神殿の責任。
勇者がいた国への責任。
責任のなすり付け合いはどんどん大きくなっていくかと思われた。
思われたのだが、そうなる前に人々の不安が大きくなっていった。
勇者がいないのにどうやって魔王に対抗すればいいのか?
騎士や兵士が魔王への対抗を、ということにはならなかった。
むしろ騎士や兵士たちが勇者がいないことへの不安感で辞めていくものも大幅に増えたのだ。
ああ、勇者がいない。
そんな絶望に溢れたつぶやきはゆっくり、でも確かに人々の間で広がっていった。
形のない不安、恐怖は人々から活気を奪っていった。
そうして村が廃れ、街が廃れ、ゆっくりと人間は衰退していった。
「魔王様人間たちはこのままいけばあと50年から100年ほどで絶滅するのではないでしょうか。
なにも変化がなく、変わることがなければですが。」
「そっか、意外とあっけなかったなぁ。」
「魔王様、これが狙いだったのですか?」
「いや、そんなことないよ。」
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