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魔王1

 それはちょうど昼食の準備をしている時でした。


「どっかーん!」


 ご丁寧にも擬音を発声しながら扉が破壊されます。

 爆弾虫の時もそうでしたが、何か扉に恨みでもあるのでしょうか。

 修繕費はわたしの魔術でタダですが、出ていく魔力は馬鹿になりません。

 体力的にも消耗が激しいので、あまりやりたくはないのですが。

 それにしても、いったい誰がこんな魔境に来るというのでしょうか。

 博士のご友人であるネラさんならまだしも、ここに辿り着ける者は限られるでしょう。

 それこそ、わたしと同等の力を持つか、ネラさんのように特殊な人脈、能力を有していない限りは。


「ここに強い奴がおると聞いたぞ!我と勝負せい!」


 そう勇ましく乗り込んできたのは、見た目幼女の禍々しい何かでした。

 あれは、なんでしょうか?

 見た目は可愛らしいですが、その実恐ろしい力を秘めています。

 それによく見ると、角がありますね。

 尻尾も。


「もう、駄目じゃないか。お母さんに、扉を壊しちゃ駄目って教わらなかった?」


 もしかして、気づいていないのでしょうか?

 完全に見た目で幼女だと思い込んでいるようですが、内蔵してある魔力量はわたしの大賢者時代と五分五分といったところでしょうか。

 その時点で最早並の者ではありません。

 いや、魔人という時点で普通ではないのかもしれませんね。


「貴様、我を子供扱いか?」


「え、違うの?」


 博士が本気の疑問顔になったのを見て、幼女はすかさず博士の顔目掛けて拳を繰り出します。

 それは常人であれば木っ端微塵になるであろう、魔力によって強化された破壊の一撃でした。

 しかし心配には及びません。

 博士は、表情筋をぴくりとも動かすことなく悠々とその拳を受け止めて見せます。


「こらこら、いきなり手を伸ばしたら危ないだろ?全く、手のかかる子供だなあ」


 あくまでも子供扱いを辞めない博士。

 博士も悪気がある訳ではなく、むしろこれは正しい接し方でもあります。

 見た目と中身が同じであればの話ですが。


「貴様、ふざけているのか!我をここまで愚弄するとは痛たたたたたっ!痛い!痛いぞ貴様!ああっ、ごめんなさいすみませんでした。だからその、離してください……」


 余程手を握る力が強かったのか、幼女の強気な態度は跡形もなく消え去りました。

 ですが、妙にあざといと感じるのはわたしだけでしょうか?


「うん、わかればよろしい」


 博士はしっかりと反省していると判断したのでしょう。

 その手を解放してしまいます。


「はっ、馬鹿がっ!その手を離したことを後悔すれば痛たたたたたっ!頭が、頭が割れるぅっ」


 痛みから解放され、強気な態度が戻ってくると同時に頭をがっしりと鷲掴みにされる幼女。

 全く反省している様子もなければ、隙あらば攻撃してくる厄介極まりない存在ですが、博士からすれば手のかかる子供程度のものなのでしょう。

 しかし、子供相手にいかんせん扱いがぞんざいなことからも、少なからず残念な子だとは思っているのでしょう。

 その証拠に、敵対者には容赦のない博士が仏のような穏やかな表情をしています。


「まあ、少しおしゃべりしようか」


 そう言って招き入れられた招かれざる客こと幼女は、椅子の上に座らされ、不機嫌そうに机に突っ伏していました。


「我は魔王、ザイン・アルヘルン。我ら魔人を魔物と同一視し、害をなす人間どもの駆逐のため戦っておる。ここに来たのは修行の一環じゃ。なんでも、人間の国には大賢者なるものがおるそうじゃないか。我が倒れれば、この革命も無に帰すじゃろう。そうならぬように、万が一を考えてのことじゃった。しかし、ここには人外と呼ばれる者たちが住んでおると言うではないか。ならば其奴らを我の配下にしてしまおうと思ったのじゃ」


 配下にしようとはまた随分と大胆な。

 そもそも、勝負にすらなっていなかったような気がしますけどね。

 ですが、魔王がここまで魔人たちのことを考えていたとは驚きです。

 あくまでも強さだけに与えられた呼び名だと思っていましたが、本当の意味で王だったとは。

 ですが、志が立派なだけにやはり残念です。


「そうなんだあ、凄いねえ〜」


「気安く触るでないわ!ていうか貴様話を聞いてあったのか!?あっ、いや違うのじゃ。だからその手を痛だだだだっ」


「年上の人には貴様、じゃなくてもっと違う言い方があるだろ?」


「ごめんなさいごめんなさい!先輩!上司!神様!仏様!ああっ、もうなんでもいいからごめんなさいぃ!」


 魔王ともあろうお方が、子供のように泣き叫ぶ。

 見た目が幼女なので強ち間違ってはいませんが、側から見ると虐待を行なっている父と娘の構図にしか見えません。


「博士、それくらいにしたらどうですか?」


「ん?ああ、そうだな。ったく、どう育てたらこんな痛々しい子に育つんだ?俺でももう少し常識あるぞ。魔王に憧れるのは構わんが、最低限のマナーは必要だろ。というか、王はいわば国の顔だ。そんな人物がマナーの一つも守れないというのは、その国の者たちも野蛮な者たちなのだと思われかねない。本当に魔人たちのことを考えるのであれば、下の者にも礼儀を示せる人物でないといかんだろう。だから、魔人は魔物と同じと、そう言われるのではないか?見た目だけの話ではなく」


「ええ。本当、その通りですよね?」


「ギクッ」


 ちらっと視線を向けると、魔王さんには少なからず思い当たる節があるようです。

 これでは魔人の人権を守るどころか更に悪化させているようなものです。

 だからと言って、武力で立ち向かおうというのも馬鹿らしい。

 今は近隣諸国同士で戦争しているので、まだ魔人と大きな戦争にはなっていませんが、事によっては本格的に戦火を交えるようになるかもしれません。

 ですが、すでに犠牲者は少なからず出ていますので、和解は厳しいかもしれませんが。


「わ、我はどうしたら……うぅ」


「急に泣き出してどうしたんだ?情緒不安定過ぎるだろ。いや、俺もか」


「そうですね。いや、それよりどうしますか?この魔王を名乗る幼女は」


 そう言うと、う〜んと何故か深く考え出す博士。

 てっきり、面倒だからとすぐに帰ってもらうのかと思いましたが、違うようです。

 でも、だったらどうするのでしょうか?


「そうだ、育てよう」


「はい?」


「そうだ、育てよう」


「聞こえなかったわけではないですよ?でも、意味がわからないというか、何故そんな結論に?」


「大体、こんな森の中に一人でいること自体おかしいだろ。大の大人ならまだしも、子供だぞ?危険過ぎる。これはもう確実に捨て子だろう」


「誰が捨て子じゃ!」


 まあ、博士からしたらそう見えるでしょうね。

 わたしからすれば、それは余計な気遣いと言わざるを得ません。

 ですが、博士は自分が大衆の一部だと強く思い込んでいるようですし、幼女がこれぐらいで当然だと思っているのかもしれません。

 そしてこの森の魔物に魔王の実力が通用するかというと、通用はするでしょう。

 下位の魔物であれば。

 この森の上位の魔物ともなれば、博士でも苦戦を強いられるのです。

 魔王が生きて帰れる保証などないに等しく、博士の常識的には危ないという結論に至るわけです。


「ですが、もしも迷子だとしたら親御さんも心配するのではないでしょうか。それに」


「誰が迷子じゃ貴様っ!ぐぬぬっ、人を散々馬鹿にしおって……!!」


「ここでの生活は、心身共に負担になると思います」


「う〜ん、まあこんな場所じゃ自給自足が基本だし、金銭で生活が成り立つ向こうと環境が合わないということか?」


「そうです」


 博士は悩みます。

 これが男女問わず大人であれば手など差し伸べないでしょう。

 見た目はどうであれ、子供だから博士は助けようとするのです。

 腐り切った大人共ではなく、純真無垢で夢を抱ける子供だからこそ。


「はあ、転移だルールー。外に親がいるのであれば、可能な範囲で捜索を頼む。万が一、という可能性もあるからな。もし駄目だったら連れ戻せ。俺が育てる」


「博士って変態ですよね。小さい女の子が好きなのですか?」


「馬鹿言うな。子供は全員好きだ。それに、助手は多いに越したことはない」


 まるでいつかのネラさんとわたしのやり取りですね。

 そう言えば、ネラさんは無事にやり遂げたのでしょうか。

 まあ、魔王がここにいるのですから大丈夫だと思いますが。


「わかりました。それでは行ってきますね。ほら、帰りますよ」


「我は今日、一生分の辱めを受けた気分だぞ……。もう疲れた。勝手にするがよい」


 そう言うと、魔王は弱々しくわたしの指先を握ります。

 その姿に、思わず可愛いと思ってしまいました。


「なんかわたし、あなたを育ててもいいかもしれません」


「だから貴様、我を子供扱いするなと……はあ。早く連れて行け」


「わかりました」


 意識を集中させ魔力が全身を包み込むと、次の瞬間目の前に広がったのは高々と聳える魔王城でした。


「おお!帰ってきたぞ我が城に!そうだ、貴様」


「なんでしょうか?」


「我の為に、いや、魔人の為にその力を使わぬか?」


「嫌です。わたしは博士と二人で過ごせればそれでいいのです。それに、故郷を捨てた身とは言え人を殺めることはできません」


「そうか。ならば、貴様が大賢者クラリウスだと吹聴してもいいのだな?」


「…………」


 やってしまいました。

 何気なく普段使っていましたが、転移魔法というのは一人で扱うことができないとされる高位魔術です。

 右手で料理を作りながら、左手で大工仕事をするようなものです。

 それを軽々と扱えるとなれば、それはもう大賢者以外の何者でもありません。

 事実、わたしは大賢者時代に転移魔法を使い世界を巡っていたのですから。


「まあ、中に入るがいい。話はそれからじゃ」


「はあ」


 これは、面倒なことになりそうです。



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