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ご友人2

「気分は如何ですか?」


「最悪な気分、です」


 現在、蜂ショックにてベッドに横たわるネラさん。

 まだまだ全快にはほど遠く、ですが起き上がれるぐらいには回復しました。

 それでもまだ気持ち悪さはあるらしく、あまり思い出さないようにしているそうです。

 やはり、魔物を食べるというのは精神的に難しいようです。

 もっと人々の認識から変えないと、魔物を食文化とするに至らないのでしょう。

 ですが尊い犠牲があったからこそ得られた問題点です。

 これを踏まえ、改善案を考えたいところではありますが、今は目の前の看護が最優先です。


「はい、水です」


「ありがとうございます。ごくっ、ごくっ、ごく……はあ。ああ、やっぱりここの水は美味しいなあ」


「それは良かったです」


 故郷の味ではないですが、それでも馴染みあるものを褒められるのは悪くありません。

 心なしか、顔色も良くなった気がします。

 この森の水には、何らかの回復効果でも秘められているのでしょうか。

 でもそれを解析、検証するのも後にしましょう。

 まずはこれからのことを話し合わなければなりません。

 主に博士のために。


「やはり、戦に駆り出されるのですか?」


「ま、まあそうですね。でもよく分かりましたね」


「博士とのやり取りを見ていてそう思っただけです。事前に魔王の情報と、実際にその目で見たという後日談があったのですから、推測するのは容易でしたよ」


「本当、優秀な助手だよね」


 ネラさんのその言葉から、実に勿体ないという心境が窺えます。

 ですが、わたしはここが丁度いいのです。

 毎日が刺激的で、色褪せることのない新鮮な生活。

 命の危機なんかは度々ありますが、とんでも博士がいるので比較的安心です。

 本当、頭ではなく体を資本とした方がいいでしょうに。

 しかしあれでもかなり頭は良いです。

 正直、真面目に勉学に励まれたらわたしなんてすぐに追い抜かれるでしょう。

 なので、優秀という言葉はわたしにとって褒め言葉でもなんでもありません。

 お世辞なら素直に受けとりますが、本気でそう思われているのであれば見当違いとしか言えませんね。


「いえ、わたしなんてまだまだです。それで、どこの所属になるのですか?」


「あ、引き止めてはくれないんだね」


「国が決めたことに、一個人のわたしが口出しなんてできませんよ。でも助言くらいならできます」


 そう言うと、あれだけ沈んでいた表情が明るく笑顔になりました。

 余程戦場で生き抜く自信がなかったようです。

 ですがわたしにできるのは気休め程度のものです。

 あまり期待されるとこっちが心労を負わされる羽目になります。


「あくまで助言です。生存の確率は上がるでしょうが、結局はネラさん次第ですから」


「わかっています。でも、生き残る可能性が僅かでも上がるのであれば、僕に聞かないなんて選択肢はないです」


 そう言うネラさんの瞳からは、決して死ねないという強い意思を感じました。

 それは博士のためにも、そして貧しい子供たちのためにも。

 あと、世界のためにも。


「まあ簡単な話、戦場に行かなければいい話なんですけどね」


「う、うん?」


 何を言っているのかわからない、と言った実に百点満点の反応をしてくれるネラさん。

 確かにそのままの意味で受け取ると理解できませんが、戦うということの意味を広く受け取れば理解できます。


「ネラさんにとって、戦場とは、戦うとはどういうことですか?」


「え、何を突然……ああいえ。えっと、戦場は命の奪い合いの場。戦うとは武器を手に敵を倒すこと、では?」


「普通はそうですね。でも、果たしてそれだけでしょうか。ネラさんは今、何で生計を建てていますか?」


「何を今更……でも答えないといけないんですよね。まあご存知でしょうが、素人ながら商いをしています。でも、それがどうしたんですか?」


 首を傾げ、本気でわからないという仕草を見せるネラさん。

 これは自覚がないのでしょうか。

 周りが見えないのは商人として問題とは思いますが。


「今ネラさんが商いのために行き来しているルート、わかりますよね?」


「ん?ああ、検問でお金取られるのが嫌なので獣道使ってますけ、ど……うん?あっ」


 何かに気づいたのか、そわそわとしていた動きがぴたりと止まり思考し始めるネラさん。

 恐らく、戦争と向き合える最適解を探っているのでしょう。

 そして、数秒もしない間に結論を出しました。

 それは、


「血で血を洗う戦いではなく、情報戦による援護。それが、僕が戦争で生き残る方法ということですね」


「はい、正解です」


 ネラさんは獣道を使っていると言いましたが、これはネラさんが精霊と契約しているからこそできる芸当です。

 進みようのない深い森でも、精霊が一度その力を振るえば木々は避けるように道を開けます。

 鉄壁の城壁も透明化の力により無い物と同じ。

 つまり、潜入することにおいても造作ありません。

 しかしこれは、ネラさんだけの特別な縁があったからこそのものです。

 そもそも精霊は人にその姿を見せることはなく、ましてや使役されるなんてことはありません。

 精霊は自然そのものであり、その自然を破壊する人間には天罰という名の災害を与えます。

 故に、人に心を開くということはありません。

 ですがそれを可能に出来たことで、ネラさんは過酷な戦争から一歩身を引くことが出来るというわけです。


「でもこれって、見つからないこと前提の話ですよね?それに、なんて言い訳したらいいんですか?僕、精霊と契約してますなんて言えませんよ」


「それなら大丈夫です」


 そう言ってわたしは、密かに用意していた物を取り出します。


「こ、これは……!」


「記録用の魔水晶です。これがあれば現場の状況をそのまま報告できます」


「え、でもこれどうやって手に入れたんですか?その、これ、え?」


 動揺するのも無理はありません。

 なんせこの魔水晶一個で城が建つのですから。

 この魔水晶の材料となるのは、人々が災厄と呼ぶ高位の魔物の目なのです。

 当然、討伐するとなれば死者は千を超えるでしょうし、馬鹿にならないお金が消えます。

 なので、これらの魔水晶は主に寿命を迎えた個体から頂戴しているに過ぎません。

 その希少価値故に値が付き、更に唯一無二の性能となればそれは城が買えても不思議ではありません。


「それと、これには大賢者クラリウス様の魔力が込められています。これであなたは実質大賢者に認められたということになります」


「ええっ!?クラリウス様!?え、もしかしてお会いしたことあるんですか?」


「はい。この森を横断されて行きましたよ。とても凛々しい方でした」


 そう言うと、ネラさんはどこか遠い目で溜息を吐きます。

 ここはなんでもありの人外魔境だとでも言いたそうですが、それが現実です。


「まあ、確かにこれなら上も納得するでしょうね。でも僕の平穏な日常は終わります」


 それはご愁傷様としか言いようがありません。


「ですが、剣を持って戦うよりかはマシですよね?」


「そうですけど、そうなんですけど……」


「諦めてください。博士のためにも」


「そう言われると諦めるしかないじゃないですか。はあ、でもありがとうございます。おかげでなんとかなりそうです」


「それは良かったです。ああ、折角話も纏まったことですし、ここで克服していきませんか?」


「え?それは何を……」


 ここで、態々警戒させないようにとこっそり持ってきていたブツを見せてみます。

 それを見るや否や、カタカタと震え始めるネラさん。

 でもこれはわたしも通った道なのです。

 博士と今後付き合っていくのであれば尚更。


「これからますますこの手の食事が増えてきます。博士も本気ですからね。舌は多いに越したことはありません。いつもわたしと博士の二人じゃ測れるものも測れない時がありますので、是非ともご協力を」


「いや、でもそれとこれとは話がちが」


「どうぞ」


 それから帰るまでの間延々とブツを食べさせられたネラさんは、やがて吹っ切れたのか抵抗なく食べられるようになりました。

 目は死んでいましたが。

 でもこれでわたしの仲間が一人増えたと思うと嬉しく思います。

 わたしはそんな、苦しみ悶えるネラさんの姿を見ながら蜜を舐めていましたが。

 あれ、そう言えばわたし看護のために来たのでした。

 まあ、わたしは看護師ではありませんので良しとしましょう。


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