ご友人1
博士が今か今かと時間を気にしてはウロウロと歩き回っています。
その気持ちがわからなくはないですが、逆に長く感じてしまいそうなのでわたしはゆっくり読書を楽しみます。
さて、今日が何の日かというと、博士のご友人の方が来られる貴重な日なのです。
この滅びの森に入って我が家まで辿り着ける者はそうそういないでしょうに。
わたしも何度かお会いしていますが、博士とは正反対で落ち着きのある方です。
そして、わたしに本を持ってきてくれます。
それが楽しみで楽しみで。
博士はお話が出来るだけでも嬉しいようですが、それだけではありません。
ここでは手に入らない調味料の類いや、その他物資を運んで来てくれるのです。
有り難いことこの上ないです。
勿論、それ相応の対価は支払っています。
ここでの魔物は、どれも外の魔物とは一線を画す化け物揃いですので、素材が非常に高く売れるのです。
おかげで金銭面では困っていないようなのですが、今回は何なら訳ありのようなのです。
と、そうしているとドアがドンドンと叩かれます。
博士は音がするや否や、光の速さで飛んでいきドアを開けます。
「よくぞ来た我が友、ネラよ!さあ、今宵は朝まで飲んで語り尽くそうぞっ!!」
何やら主旨が変わっているようですが、それでももてなしたいという思いは強いようです。
明らかに口調がおかしいのもそれを更に頷けさせます。
「いや〜、朝までは無理ですね……」
扉の向こうからそう返ってきた台詞に、思わず固まってしまう博士。
わたしも少し驚いています。
いつもなら一週間くらいは滞在するはずなのですが、その台詞から察するに日帰りのようです。
これには博士、堪らず涙が溢れます。
いや、良い大人がそれくらいで泣かないでくださいよ。
「まあ落ち着いてくださいよ。僕としても、長居できるならそうしたいです。でも……」
「何か複雑な事情のようですね。どうぞ、中にお入りください」
博士は一人オロオロしていましたが、取り敢えずネラさんに席を勧め座ってもらい、わたしも立ちっぱなしは辛いので座らせてもらうと、博士はそれを見て黙ってわたしの隣に座りました。
え、なんで態々隣に座るんですか?
「あの、博士?今日は折角ネラさんが来ていらっしゃるのですから、そちらの方に」
「嫌だ。ネラからは妙に距離感を感じる」
「で、でもだからって隣に座るのは……」
「ふふ」
わたしが困っているのを他所に一人笑うネラさん。
理不尽かもしれませんがあなたのせいでもありますからね?
しかし、ネラさんは博士のご友人。
それに現在進行形で恩のあるお方でもあります。
なので、できても精々が睨みつける程度でしょう。
「やっぱり仲良いですね。もういっそのこと結婚してしまうのは……駄目ですよね」
睨みに殺気を加えることで、強制的に口を閉じさせることに成功する。
危害を加えるつもりは微塵もありませんが、あんまり変なことをいうのであればこちらも容赦はしません。
それに、よくよく考えればこちらからも充分過ぎる報酬を払っています。
息の根は止めませんが、その前までならいいのではないでしょうか。
ふとそんなことを考えてしまったせいか、ネラさんから笑みが消え、その顔色が徐々に青くなっていくのがわかります。
わたしって、そんなにわかりやすいですかね?
「ま、まあ、そうですね……。ああっ、そうです!僕の話を聞いてくださいよ!」
危うくわたしも忘れかけていましたが、そうでした。
ネラさんは何か重要な話をするためにもここに足を運ばれたのでしたね。
「えっと、どこから話したらいいんでしょうか。まあ、まずはお二人がどの程度知っているかによるでしょうから、いくつか質問させて貰いますね」
「質問?何を聞くって言うんだよ。言っとくが、俺はこの森から出たことないから外のことは知らねえぞ?」
その博士の正直過ぎる答えに、ネラさんもついつい目が泳ぎます。
というかですね、これまで散々外の話をする度博士が目を輝かせていたというのに、外のことなど知っているはずがないでしょう。
ですがその反応から見るに、どうやらお国の事情のようです。
わたしは定期的に森の外で甘味を補給しているので、世情には疎くないです。
そう言えば、最近魔王を名乗る蛮族が現れたという噂を聞きましたが、それでしょうか。
「あ、じゃあルールーさんに聞きますけど、魔王と名乗る者についてはご存知ですか?」
当たりでした。
もうこれは一種の超能力と言っても過言ではないのかもしれません。
まあ、そんな能力あるはずがないのですが。
「魔王ですか?知ってますよ」
「あっ、なら話が早いです。実はですね、その魔王を国王が危険視しているんですよ。上層部の方も、あまり喜ばしくない報告ばかり貰っているものですから、早いうちに摘んでおきたいと考えているんですよ」
「まあ、膨大な魔力を持つ魔人なんて、想像するだけでも恐ろしいですよね。でも、そんなの本当に実在するのですか?」
そう聞くと、ネラさんは何かを思い出したのか身震いすると、恐る恐ると言った様子で口を開く。
「あれは化け物です。勝てるはずがないと思わせるほど隔絶した力の差を感じました。普通魔人は魔力が極端に少ない代わりに身体能力が高く、特殊な能力を持っていますけどあれは魔力も持っているんですよ。おかしいでしょ!?って話ですよ。だって一人で砦を落とせるんですよ?そんな歩く攻城兵器に立ち向かえるわけないじゃないですか!?僕は一部始終を見ていましたからその力がどれだけのものかわかります。あれは恐らく大賢者と言われたクラリウス様と同等の存在。そんなのにたかが上級魔術師三十人で勝てるはずないじゃないですか!」
つまるところ、クラリウス様がいれば勝機はあるということ。
でもそれはあり得ない話だ。
争いに疲れ、政治から離れたわたしにとって。
「でも良かったよ。お前が生きて帰ってきてくれて。死んでたら俺、世界滅ぼしてやろうかと思ったから」
「えっと、それは冗談?」
「はははっ、何言ってるんだ。真剣そのものに決まってるじゃないか」
「「…………」」
良かったです、本当に。
ネラさんが生きて帰ってきてくれて。
「ですが、結局それがどうしたのですか?国が魔王を問題視するのはわかりましたが、態々それを言いに来た訳ではありませんよね?」
「は、はい。全く持ってその通りなんですが、その……」
ああ、わかりました。
恐らくこれは、今の博士にはしにくい話でしょう。
はあ、博士もタイミングが悪いことで。
「どうした?やっぱり何かあるんだろ?ほらっ、来いよ。なんでも俺が受け止めてやらあ」
そう言っては謎の挑発をしてくる博士。
ですが、それがかえってネラさんの不安を高めます。
もう、どうしたらいいんでしょうか。
あ、そうでした。
「博士、そう言えばネラさんに試食してもらうものがありましたよね?」
「ん?ああっ!?そうだよそうだよっ!こうしちゃいられねえ、早いとこ食べてもらわないとな!」
切り替えも早く、動きも早く博士はブツを持ってきました。
「えっと、これは?」
机の上に置かれた皿の上、そこにはおおよそ食べ物だとは思えない何かが盛られている。
それを見て、ネラさんは別の意味で顔を青くさせます。
「さあっ、どうぞ」
「何これ、罰ゲームですか?」
「知らない人からしたらそうでしょうね。でも大丈夫です。今回のは自信作ですので」
「そ、それならいいんだけど……」
そう言って、ネラさんは不気味な何かにフォークを刺し持ち上げる。
ゴクリと生唾を飲み込む勇気の音が聞こえ、次の瞬間には食らいついた。
「うっ、うぅ、何これ、変な食感……ん?あれ?でも美味しい」
どうやらお口に召したようです。
これには堪らず博士も飛び跳ねていました。
ちなみに、後からそれが蜂なのだと教えると泡を吹いてしまいましたが。