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恋患い

 

「戻りました。あれ、博士?」


「おかえり」


「えっと、何をされてるんですか?」


「……………」


 そこには爆弾虫を手の平の上でコロコロと転がす博士。

 ぶつぶつとはい、いいえを繰り返し言いながら。

 そんなに触っていると爆発しますよ、そう言おうとして爆発しました。


「ちょっと博士!?」


「あ、違うんだこれは。うん、まあ、うん」


「全然大丈夫じゃなさそうなんですが」


 何もしていないはずなのに落ち込む博士。

 落ち込み過ぎて地面と同化しそうな勢いです。


「床で寝ないで下さいね?」


「善処する」


 そう言うだけ言って相変わらず床と一体化しようと計る博士。

 最近、こうして様子がおかしい時が多いように感じます。

 普段も普段ですが、それに輪をかけておかしいです。

 ですが研究の進捗は良く、試作品も次々と誕生しつつあります。

 悩みが人を育てるとは言いますが、その悩みが原因なのかは定かではありませんが、どうも博士との間に距離を感じます。


「あの、博士」


「待て、今なんか良さそうなの思いついた。じゃ」


「あっ!博士!」


 事ある毎にこうして逃げる博士。

 嫌われているという訳でない、と思いますが……。


「研究も順調なので聞くに聞けませんし……」


 これで進捗が滞っているようであれば話は違ったかもしれませんが、あくまでも今の状態は仲の良し悪しのみの話です。

 材料の調達も調理もそれから試食も全て今まで通りです。

 ですが距離を感じる、たったそれだけの話。


「博士が何の理由もなくこうもわたしを避けるとは思えませんし、何か原因があるはずでしょうが……」


 その心当たりが一切ない、というのが辛いところです。

 いっそ心の中でも読めたら、と思ってしまいます。

 どうにかして聞き出したいところではありますが、あの様子では簡単に口を割らないどころか、研究に支障をきたす可能性もありますからね。


「時間が解決してくれるかもしれませんし、今はそっとしておいた方が賢明なのかもしれませんね」


 そしてそれから一週間が経った頃、博士は相変わらずおかしいままでした。


「ネラさん、わたしはどうしたらいいのでしょうか?」


「要件はわかりましたよ?でもこの書類の山がお見えでない?」


 耐えに耐えかねて訪れたのは中立国、魔王城の一室に設けられたネラさん専用の雑務室。

 机が潰れかねない量の書類が積まれ、話をしながらも目を通していくネラさんの姿がありました。

 大変忙しそうですね。


「商人としての経験も国の運営にも携わるネラさんならと思いまして」


 どんな過酷な環境でも適応し、ありとあらゆる状況を打破してきたネラさんならば、この事態を解決する手立てを知っているのではと。


「全部あなたたちのせいなんですけど?いやだから!今僕は仕事に追われてて!」


 最早掴みかかってくる勢いではありますが、力でわたしに勝てるとでも?

 というか、それをして得があると思っているのでしょうか?


「わたしを無碍にすると?」


「あっいえ、その、少し日を跨いでから改めてこの話をと……」


「わたしはもう限界です!死にそうです!」


「えぇ…………」


 どれだけ辛いのかありのままをそのまま伝えるとどういう訳か顔を強張らせるネラさん。

 大丈夫ですよ、今回は体を張ったりする類いのものではありませんので。


「ちら」


「なんか、怖いです。あああっ!嘘!嘘です!すみませんごめんなさい!」


 懇願するように手を合わせ、涙も流して見せたというのに。

 ネラさんは薄情ものですね、ええ本当に。

 まあ、涙は魔術で擬似再現したんですけどね。


「それで、どうですか?」


「はあ。まあ、仕事をしながらで良ければ」


「流石です。やはりネラさんは頼りになりますね」


「頼りにし過ぎなんですよね……そして毎回丸投げなんですよね……」


「そんなことはいいです」


「そんなこと!?酷いっ!?」


 あまりにも傷ついたのか、本当に涙を流すネラさん。

 成る程、相当精神に限界が来ている様子ですね。


「これで楽になりませんか?」


 そう言ってネラさんに少なくない魔力を譲渡します。

 魔力は肉体と精神に深く結びついているので、その魔力を回復させる事は同時に心身を癒すのにも繋がります。

 活性水でも効果はあるようですが、わたしの魔力の方が圧倒的に量が多いですからね。


「す、凄い。今までの疲れが嘘みたいです。頭も冴えてすっきりしてますし」


「それは良かったです。それじゃあ本題に入りましょうか」


「ああ、それなんですけど」


「はい?」


「精霊の力を、借りてみませんか?」


 精霊の力、ということは。


「あたしの出番よ!さあ、悩める我が弟子よ、あたしについて来なさい!」


 ネラさんの懐から飛び出した師匠は、いつもの鳥の姿でそう言います。

 しかし何故でしょうか、無性に不安に思ってしまうのは。


「大丈夫ですよ。まあ、無茶な事にはならないと思いますので」


「ネラさんがそう言うのであれば」


「決まりね!」


 そうして提案された通り、精霊である師匠の力を借りる事になりました。

 場所を変え、足を運んだのはどう言う訳か我が家の前でした。


「直接問い正したりするのではありませんよね?」


「それが出来たら苦労しないのよ」


 それはそうなのですが、でしたら他にどんな方法が。


「貴方は魔力を戦闘に全振りし過ぎなのよ」


 急に説教、いやダメ出しでしょうか?


「こんな場所だから戦闘力は高くて損はないのよ。でも火力だけが全てじゃないかしら。攻撃を避けたり、位置を変えたり、動きを先読みしたり、敵に応じて魔術を変えてみたりね」


 成る程、確かにその通りですね。

 わたしの魔術は基本的には攻撃魔術がほとんどです。

 体捌きも武器の心得も全て敵を倒す為のものですから。

 師匠が仰っているのは攻撃以外の魔術、妨害や支援系の魔術も使えということでしょう。

 ですがこの森の中では長時間の戦闘は死を意味します。

 故に威力と規模を追い求めてきました。

 ですがここで師匠がそう言うということは、次の段階に進む準備が出来たということでしょうか?


「確実な事は言えないかしら。でもこれからは人同士の争いにも巻き込まれる可能性が高いのよ」


 確かにそれは強く思います。

 最早博士の強さは人類を超越していると言えます。

 今はその強さが広く露見していないだけであって、いつかその強さが知られる事になれば戦乱の渦に飲み込まれる可能性はあります。

 聖王国も、似たようなものでしたからね。


「だから、人と戦う為の狡猾さと収集力を鍛えるのよ」


「具体的にはどのように?」


「今から教えるかしら。ほら、いつぞやのネラがやらかしたのと同じ術なのよ」


「ネラさんがやらかした術……えっ」


「まずは手本を見せるのよ」


「いや、師匠、それは流石にわたしも……」


「心を読める訳ないのよ!それに面倒なのよいろいろと!もうこうした方が早いかしら!」


 まさかの逆ギレですか。

 それにしてもわたしがネラさんの真似事をすることになるなんて。

 なんか、屈辱です。


「やり方は簡単かしら。手の平に乗るぐらいの魔力塊を抽出して脳波を繋がるだけかしら」


 そう言って作り出した魔力塊を、どういう原理か様々な色に変化させて遊んでいる師匠。

 すみません師匠、難しいです。


「簡単ですか?それ」


 脳波を繋げるなんて聞いたことありません。

 そもそも脳波とは何なのでしょうか?


「実際に体感すればいいのよ。さっ、これに触れるのよ」


 言われるがまま、師匠の魔力塊に触れると直後視界が遮られ、わたしの顔が映し出されます。

 予想しなかった光景と未知の感覚で混乱するには充分の衝撃でした。

 しかしそんなわたしの反応も予想の範疇だったのか、それとも経験済みなのか淡々と落ち着かせようとしてくれます。


「取り乱す事はないのよ。外部の目から見ている、そんな感覚でいいかしら。それじゃあ動かすのよ」


 そう言うとわたしの顔から焦点が外れ、我が家の中へと入っていきます。

 中にはああでもないこうでもないと頭を抱える博士の姿がありました。


「これ、気づかれないんですか?」


「そこは腕の見せ所なのよ。周囲の空気と同調させて、感知の目を欺くのよ」


 成る程、だからわたしだけでなく博士も気づかなかったのですね。

 ……改めて思いますが、これは簡単な事なのでしょうか?


「ん?何か言っているのよ」


「え?」


 火にかけた鍋を掻き混ぜながら、博士が独り言のように呟いていました。

 どこか心あらずだったその呟きは、わたしの顔を真っ青にするには充分過ぎるものでした。


「ルールーって、ネラの奴の事が好きなんだよなあ。今日もなんか用があるって言って出て行ったし。そうか、ルールーがネラをなあ。距離感大事に行こうぜ、って感じでやってるけど、なんかもやもやするんだよなあ。はあ、難しい」


「そうなの?意地悪も好きの裏返しって事かしら?って、どうしたのよ……」


「わたしは」


「ちょ、ちょっと落ち着くのよ。……なんか、怖いかしら」


「はあ、ネラさんはいいご友人だと思いますが、それはあくまでもご友人なのです。わたしが本当に好きなのは……」


 揺れ暴れる心を抑える事など出来ず、居ても立っても居られなくなったわたしは衝動のままに駆け出しました。


「玉砕覚悟は関心しないかしらあぁぁぁっ!」


 師匠として弟子を案じる声が左から右に素通りし、わたしは驚く博士の前に立っていました。


「凄い勢いで……どしたん?」


 なるべく平静さを装っているものの、博士は見てわかるぐらいには動揺していました。

 汗が噴き出て、目が一切わたしと合いません。

 そこに追い打ちをかけようとは意識していませんでしたが、わたしは強く言いました。


「わたしとネラさんは、ただのご友人同士ですっ!!」


「ああ、うん。え、うん。え?……ああ〜了解です?」


 そんなただひたすらに困惑する博士を見てふと冷静になったわたしはこう思いました。

 穴があったら埋まりたいと。


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