聖王国3
「いやあ、まずったわ〜」
「何がですか」
少しも悪びれる様子もなく帰還した博士。
思わず冷めた声色で突っ込んでしまいますが、決して長くはない聖王との会話で思う所があったようで、早く研究を再開させるぞとやる気に満ち溢れていていました。
それは良いとして、今回ばかりは流石に度が過ぎますよと。
「わかってますか博士。この聖王国に及ぼした影響の大きさを」
少しの怒りの感情を言葉に乗せ博士に詰め寄ります。
しかし博士はいつもと変わらない様子で、後悔など微塵もないように言います。
「あいつ、俺が空飛べないからって自分だけさっさと羽生やすんだもんなあ。焦って全力で打ち込んじゃった」
「打ち込んじゃった、じゃないんですよ」
聖王国全域に及んだ破裂音とその衝撃から発生した突風、大きな被害は出さずとも確かに恐怖という爪痕を残しました。
悲鳴や怒号で溢れ、我先にと動き出す国民たち。
死傷者が出てもおかしくない騒ぎにまで発展したものの、王の直属であるはずの騎士団らの活躍で事なきを得ました。
「全く、今回は流石に肝が冷えましたよ」
「あのじいさんクソ強くなったもんなあ。魔石ってあんな使い方あるんかいなと、要らん知識ではあるけど。まあ今後どんな使われ方されるかわかったもんじゃないから、これは俺たちの中で封印かな」
そもそも魔石はその魔物が持つ生前の能力を秘めたものであり、魔力を流し込む事で再現する事が可能だったりしますが、それをまさか増幅させて取り込むとは誰も思いませんよ。
魔石の本来の扱い方である、魔術を記録させる為の媒体であるということをより強調して広めた方が良いかもしれませんね。
「そうですね。でも、聖王がその技術を広めたり記録に残したりしないでしょうか?」
「大丈夫じゃね?ほら、あのじいさんの目的は世界の統一だったろ?なら力を維持する為にも不要に力を与えんと思うけど?少なくともあのじいさん、あんだけ魔物化したら寿命もないに等しいしな」
「魔物として考えたらそうですけど、あくまでも元人間ですよ?そうすんなりと行くものでしょうか」
「それは分からんけど、少なくともしばらくは大丈夫でしょ。俺の大気圧パンチで全身グチャグチャになったし」
「う、それはなんというか」
「再生するのもタダじゃないはずだし、力を取り戻すまで潜伏するんじゃないの?まあ、俺たちはその間に研究を推し進めましょうと」
「まあ、そうですね。でも博士」
「ん?」
「まずはネラさんを呼びましょうか」
「そうだな」
王が不在となり、その王が世界の敵となった。
今でも聖王国は混乱しているというのに、この事実が広まれば更なる混乱を招き、最悪国が滅ぶかもしれません。
そうならない為にも、ここは現在進行形で国を運営する専門家にお越し頂こうと思います。
そしてこの際、腐った内政を一度綺麗に掃除して新たに新政府を立ち上げて貰おうかと。
ここを足がかりに魔物食を広められないかと思いましたので。
「というわけでお願いします」
「と言うわけで、じゃないですよ!!」
「まあまあ」
「まあまあ!?」
何かあるだろうと思いつつも送り出したネラさんですが、その結果が自分の仕事を増やすとは考えなかったのでしょうか。
わたしもその原因の一部に入ってそうなものですけど、博士が何もかもを破壊してしまいましたからね。
とは言え、泣き言は程々に頑張って欲しいです。
主にわたしたちの為に。
「なんでいつも仕事が増えるんですかね?もしかして僕、呪われてたり?」
肩を落とし現実逃避気味にそう呟くネラさん、それを聞いて懐から飛び出すのは精霊であられる師匠。
「大丈夫っ、ネラは正常よ!」
この世界の根源に近い存在である師匠の断言、それは恐らく疑いようのない事実であり、それを理解出来るからこそネラさんは遠い目をしながら天を仰ぎます。
「正常、正常ですか……」
「まあまあ」
「まあまあってなんですかさっきから!!ああ、今のままでも休みなんてなかったのにこれから僕はどうなるんですか……。ああ神様、どうか僕に御慈悲を……」
そしてついに神に祈り出したネラさん。
過労で倒れてもらっては困りますので、転移で我が家である滅びの森から汲んできた水……名前があった方がいいですね。
取り敢えず活性水にしましょう。
魔力を回復させ、喉の渇きを潤し疲労を帳消しにする優れ物です。
故に市場には出せないと諦めたネラさんですが、別にこれは商品としてではなく、あくまでも使用が目的な訳なので気軽に受け取って貰えることでしょう。
「と言う訳で、差し入れです」
「何が!?あ、でもありがとうございます。って水!?」
「名付けて活性水です」
「ああ成る程、活性水……え?」
「それではこの国の民の為にも、わたしたちの為にも頑張って下さいね。うまく行けば中立国と聖王国で共同戦線を張れたりするかもですね。あっ、これから研究に忙しくする予定なので、わたしたちはこれで」
少し早口で尚且つ一方的に話をつけ転移で帰宅するわたしと博士。
去り際戸惑い故の待ってを聞きましたが、これも試練と勝手に決めつけ無視しました。
強く生きてくださいと心の中で願って。
「はあ、やっぱり我が家が一番ですね」
「全くもってその通りだよなあ」
二人して安堵の一息を吐き、そして何も言わずに椅子を引き腰掛けます。
そのまま机の上のグラスに水を注ぎ、飲み干します。
「少し、ゆっくりしてからでいいか」
「そうですね」
短いようで長くも感じられた一日。
肉体的には大した疲れはなくとも、精神的には疲労困憊な状態です。
聖王国への来訪、そして聖王との謁見、魔術師殺しの結界を受け、無力なわたしを博士が庇い場違いにも胸が騒ついてしまったわたし。
その後聖王が暴走し、未知の技術を用いて魔物化、世界への宣戦布告と共に傷を負いながらも逃亡。
まとめてみるととんでもない一日だったのだと思い知らされます。
とは言え、失ったものはなく新たに得るものばかりでした。
ネラさんの苦労は増える一方で、新たに得るという意味では嬉しくないかもしれませんが。
しかし過去の憂いが消えたのは喜ばしい限りです。
ネラさんが整えてくれた後、何の気兼ねもなく訪れる事が出来るのですから。
「ネラさん、頑張って」
「急にどしたの?」
「……いえ、ただの独り言です」
「そうか?ふ〜ん……」
「博士?」
「いや、別に何も」
「?」
何か含みのある言い方でしたが、もう少し追及した方が良かったのかもしれません。
なんせこの日を境に、博士の様子がしばらく余所余所しくなったのですから。
失ったものはない、そう言いましたが一つありましたね。
博士からの信頼です。
いったいどうして?




