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聖王国2

 普段から面倒ごとばかり起こす博士ですから、異性として認識する時間はほぼないに等しいものでした。

 だからこそ急に一人の男性として接する時、わたしの胸は不覚にも高鳴るのです。

 力をつけ、同じ土俵に立って初めて抱くべき感情、それがこの窮地で解き放たれてしまいます。

 お願いします博士、今回ばかりは男らしくしないで下さい。

 だからわたしを背に庇いながらかっこいい事言わないで下さい。


「おいてめえら、よくも俺の助手であるルールーを虐めてくれたなあ?正直、てめえらなんぞに興味はないんだがこんな事態になったんだ。俺が何しようが文句言えねえよなあ!!」


「あの、博士?」


「大丈夫だルールー。後は俺に任せとけ」


 なんで今日に限ってこんなにも博士は……はあ、仕方ありません。

 今日ぐらい素直になりましょう。

 その方が楽ですし、後々これをいい機会にわたしに対しての戒めとしましょう。

 今日のような弱さと甘さを見せないようにと新たに誓って。


「はあ。博士」


「ん?」


「頑張って下さい」


「え、あ、ううん」


 あれ、なんか思ったよりも反応が予想外ですね。

 頼もしく頷いてくるのかもと思ってましたが、これは意外な結果ですね。

 いや、普段からあまり寄りかかることがない為の弊害でしょうか。

 それとも、わたしをすでに異性として認識していて……。


「いや、ないですよね」


「何が!?」


「博士、来ますよ」


「ええ!?」


 ああ、この騒がしい感じ。

 これが博士ですね。

 やっぱりいつも通りの博士が安心しますね。


「貴様ら!!ここがどういった場か分かっているのか!?クソがっ、甘ったるい空気を出しおってからに!」


「ええ!?」


 いや、博士の反応も分かりますよ。

 甘ったるい空気?

 そんなものある訳ないじゃないですか。

 わたしからの一方通行なんですから。

 しかしそんなことを知る由もなく、顳顬に血管を浮き出させ激昂しながら魔術を行使します。

 火が駄目なら他のものとばかりに稲妻の魔術を宙に走らせて。


「え、しょぼっ」


 それはわたしの目からすれば一般的、いや上級魔術師にも迫る威力のものでした。

 しかし博士の反応からも児戯でしかなかったようです。

 手で軽く触れただけで消失してしまいます。


「当たった?いや、これが普通なのか?ルールーのはもっと痛っ!ってなるけど」


 これには流石の重鎮たちも動揺します。

 普通の人間とは違うと。


「貴様は何なのだっ!!そもそも魔力もないはずだろうがっ!!」


「魔力ねえ。なくても良くね?」


「くっ!な、なんとしてでも聖王様を御守りするのだ!!」


「「おおっ!!」」


「いや、そういうの要らないから」


 一致団結し躍起になる重鎮たちをよく思わなかったようで、感情の一切を殺して博士が腕を振るい薙ぎ払います。

 暴風が吹き荒れ、重鎮たちを壁に叩きつけます。

 殺さないように手加減されたとは言え衝撃で意識を失う中年たち、しかし博士は目もくれず正面を見据えます。

 巻き上げられた物が破壊されその残骸が降り注ぐ中、博士は聖王だけを見ていました。


「爺さん、あんた何者だ?」


「ふふふっ、それはお前さんもだろう?」


 博士が危惧する理由、それは恐らく魔力に関係するのでしょう。

 魔力の出力は封じられていてもその流れを感知する事は出来ます。

 聖王は明らかに魔力による身体強化を行なっていないということが。


「ふむ、しかしこれは想定外だ。クラリウスが超越者足る力を身につけるとは思っておったが、まさかそれ以上の大物が出てくるとは思わなんだ」


 ということはわたしは予想の範囲内にあったということですか。

 侮られているように感じて正直悔しいですね。

 でも魔力が使えれば、なんて理由が通じないのもまた事実。

 魔術で対抗出来るかわかりませんが、同じ轍を踏まないように対策必須ですね。

 そうしてあれこれと考えるわたしと違って、博士はいつも通りでした。


「もしかしなくてもそれって俺のこと?だったら買い被り過ぎじゃない?」


 緊迫した状況にも関わらず、博士は脳天気にも首を傾げます。

 相変わらず過ぎて逆に安心してしまいます。

 それを受けて聖王はというと。


「ふふふははははっ!!」


 腹を抱えて声を大に笑います。

 その姿に思わず呆気に取られてしまいます。

 かつてここまで感情を曝け出す聖王があったかと。

 だからでしょうか、どこか不気味だと思ってしまうのは。

 しかし博士は博士でした。


「え、何か変な事言った?」


 何が起こっているのか理解していない、という表情でわたしに聞いて来ました。

 男らしい所とはいったい……。

 そんな困り顔の博士を見兼ねてか、聖王が口を開きます。


「いや何、世界は広いと思ってのう。全てを見て来たと思っておったが、まさかお前さんのような者が存在するとは。いやはや面白い。堪らなくのうっ!」


「いや、何が?」


 博士に激しく同感です。

 なぜ博士みたいな非常識を体現したかのような、そんな埒外の人と対峙して楽しいのでしょうか?

 というより、さっきから聖王の印象変わり過ぎでは?

 嬉々としてはしゃぐ無邪気な子供みたいな、聖王とは正反対とも言える雰囲気ですが……これが素なのでしょうか?


「おお悪いのう。自分語りは老人の悪い癖なもんでのう。だがこうも永い時を生きていると全てが同じに見えてくるのだよ。その中で発生した異常事態。これから先は未知なのだぞ?心踊らない訳がないであろう」


「ふうん。まあ未知を探索する楽しさ、それは理解も出来るし同感だ。でもあんた、頭おかしいだろ」


 博士におかしいって言われる聖王って……。

 ここは笑い飛ばすのが正解なんでしょうか?

 最早混沌となりつつある状況の中、落し所なんて見つけられるはずもなく。


「お前さんも長生きすれば分かるよ。多くを知り体験すればのう」


「悪いけど、俺の日常は毎日が刺激的だから一生あんたに追いつくことはないかな」


 博士も毎日が刺激的と思っているんですか。

 それはなんか、意外ですね。

 わたしは普段から振り回されてばかりですので。

 でもそう思える毎日を一緒に過ごせている、そう思うと妙に嬉しいですね。

 そうしてわたしと博士が知らない所で共感していると、水を差すように聖王が同意してきます。


「ふむそうかそうか。それは非常に良い事だよ。それならば儂は、この刺激を楽しむとしよう」


 今を楽しむ、それはつまり博士と一戦交えるということでしょうか?

 そう思うとあまりにも無謀な気がしますが応援はしません。

 そもそもわたしたちを殺そうとしたのですから、ここで痛い目にあった方が得だというもの。

 しかしなぜでしょうか、どうも聖王の余裕が気になりますね。


「では儂はこれから世界の敵となろう。ふむ、ここも良い隠れ蓑だったのだがのう」


 世界の敵?隠れ蓑?

 その言葉の意味する所が分からなかったものの、次の瞬間何もない空間から五つの球体が現れます。

 それは見て分かるほど、膨大な力が凝縮されたものでした。

 魔力ではない、ですけど……でもこの感じ、滅びの森の魔物、それも上位の魔物が放つような圧と凄みを感じます。

 そしてそれは博士も同様に感じ取ったようで、


「それは?」


「これは無数の魔石の結晶だよ」


 魔石の結晶?

 まさかとは思いますが、それを使っての魔術戦を挑もうというのでしょうか?

 いくら魔石の力が膨大だからと言って無理があるのではないでしょうか。


「んでそれを?」


「取り込む」


 え、取り込む?

 内心困惑するわたしを他所に、球体が聖王の体に無理矢理侵入しようとします。

 皮膚に食い込み、そして突き破り悍ましい音を立てながら。 


「ぐおっ、ぐがあぁぁぁっ!!」


 苦痛に絶叫し、しかしその表情は嬉々としていて。

 く、狂ってる……博士に負けず劣らず。


「ルールーよ、今何か変な事考えなかったか?」


「い、いえ?そんなことは……」


「本当に?」


「本当です!だから前!前をっ!」


 変な所で察しが良いと言いますか、よくもまあわたしの顔を見ただけでそう思いますね。

 普段からよく見てくれているであろう博士の気付きを嬉しく思うも、それを台無しにするかのように聖王が変異していったので、話を誤魔化すという意味でも博士の視線を聖王へと向けさせます。


「なんじゃこりゃ」


 そう博士が思わず呟いたように、聖王はその姿を人ならざるものへと変えていました。

 肌は黒い甲殻のようなものへ差し変わり、至る所に気味の悪い斑点模様が浮かび上がります。

 背からは上下二本ずつ大鎌切の腕らしきものが生え、生物のものとは思えない程鋭利な刃を備えて。


「本当に人間じゃなくなったなあんた」


「ふっ、そうよのう。最早儂は人に在らず、しかし魔物とも違う。それにこの力、儂は真に神になったのかもしれんのう」


「馬鹿じゃねえの?」


「ほう?」


 魔力の塊、そして純粋な力の塊。

 生物として規格外、いや逆らってはいけない存在となった聖王。

 博士とは違いその脅威を惜しげもなく振り撒きながら、しかし博士は怯みません。


「神とかいる訳ねえだろ常識的に。いるならあんたも俺もこの世にいねえよ。んなことよりあんたはそんな姿になってまで何がしたいんだ?」


 挑発的に、しかしそう問う博士は真剣そのものでした。

 だからか聖王も持ち出した殺気を抑えます。


「神への冒涜、しかしそれはこの際良しとしようかのう。まずは何がしたいのか、その問いに答えるとするかのう」


「うん、それで?」


「儂は魔物の力を飼い慣らす。そしてこの力を使って儂は国を統一する。神が統治する正しき国をのう」


 そう言う聖王には確かに強い意志を感じました。

 どんな手を使ってでも、この戦溢れる世界を救うのだと。

 しかしそれに対し、博士は聖王の言葉を咀嚼し理解すると聖王を睨み、


「ふうん。じゃああんたは敵だな」


 明確に敵対の意を口にしました。


「と言うと?」


「俺はな、魔物の力なんてどうだっていいんだよ。魔物は世界共通の敵、それ以上でも以下でもない。だから俺はそんな魔物を有効活用しようとした。この世界は魔物のせいで食糧難だ。だから土地を求めて飯を求めて戦が起きる。そのせいで今も飢えに苦しむ人々がいる。だから魔物を食文化に、飢えなき世界を目指して魔物食を考案し、絶賛実現に向けて試行錯誤の日々だよ。俺は人を生かす為に魔物を利用するんだよ」


「成る程のう。それならば儂は魔物の力を利用して多くを殺すということになる。勿論、諭すだけで済むならその限りではないがのう」


「これで分かっただろうがよ」


「お前さんとぶつかる事に変わりないが、それでも理由が出来たのは大きなのう」


「魔物を利用して俺は人を」


「魔物の力で儂は人を」


「生かす」

「殺す」


 直後ぶつかる大気。

 それは天井を突き抜け空へと舞い上がる。


「博士っ!!」


 身を案じて張り上げたわたしの声が空に消え、遥か上空で凄まじい衝撃が炸裂した。



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