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聖王国1

 つい昨日聖王国からなんとか帰還したわたしたちですが、すでに無視出来ない問題に発展してしまっているようです。

 その仔細は慌てた様子で来訪されたネラさんの口から齎されました。

 普段から慌ただしい人ですが、今回も劣らず好調なようです。


「もう何やってくれてるんですか!?こっちはもう報告聞いた時は泡を吹く勢いでしたよ!」


「そりゃあ悪いことしちゃったな。でも泡吹いてるところ見てみたいけど?」


「見せ物じゃない!ってそんなこと言ってる場合じゃないんですって。えっと、せめて聖王国に行く前には連絡の一つはくれないと」


「もう過ぎた事だし、別に良くね?」


「良くはない!僕がどんだけ苦労したか知ってる!?魔王様には殴られるし、手綱くらい握れよとか言われるんだよ!?無茶にも程があるだろうがよお!?」


「しかし驚きました。こんなにも対応が早いなんて」


「あの、ルールーさん?しれっと僕の苦労を流さないでくださいよ」


「そんなことはどうでもいいです。大事なのは今後どうするか、ですよね?」


「正論だけど僕にとっては暴論なんですけど。いや、問題の発端はルールーさんに」


「はい?」


「あ、いえ、なんでもないです。はい、じゃあ今後の方針なんですが」 


 そうしてネラさんは二つの提案をしました。

 一つは、単純に騒ぎが落ち着くまで身を潜めること。

 ですがこの場合、博士の行動範囲はこの滅びの森に限定されることになります。

 折角外の世界に慣れてきた時に長期の監禁生活を余儀なくされることは即ち、外界恐怖症の再発に繋がる可能性があります。

 というわけで却下です。

 そして二つ目は、聖王国へ再び赴くと同時に和睦への道を模索すること。

 これは良くも悪くも騒ぎがあったからこそ有効になる手段で、他に駒を割いている今だからこそ付け入る隙が出来るというもの。

 わたしと博士で起こした騒ぎは簡単に片付けられるような類いのものではなかった、というのが聖王国の認識でありネラさんの報告でもありました。

 であれば、入念に調査をする為に貴重な人員を割くはず。

 なんせ内部に爆弾を抱えているようなものですからね。

 それに前々から思っていましたが、聖王国からのちょっかいがなくなれば博士は研究に集中できます。

 個人的には死ぬ程行きたくありませんが。


「それで、どうしますか?」


「後始末ぐらいやりますよ。はあ、それにしてもあの国の中枢に赴くことになるなんて……」


「人生、何があるかわからないものですねえ」


「あなたがそれを言いますか。はあ、胃が痛いです」


「大賢者であることを隠し通しながら、ですからねえ。とは言え、過去と決別するには良い機会ではないですか?」


「ん?」


 それは何気なく言われた台詞にしては聞き捨てならないものでした。

 あまりにも突然の事で思わず呆けてしまいましたが、はっとすぐに我に返ると博士を探します。

 すると博士は台所の奥に引っ込んで何やら用意しているようで、ネラさんの言葉は聞こえていないようでした。

 その事実に安堵するも、すぐに自分の失態に気づきました。

 ここまで大きく反応してしまったのですから、それはわたしが大賢者だと認めてしまっているようなものだと。


「……ちょっと待って下さい。なんでわたしが大賢者だと?」


「え、今更とぼけるんですか?て言っても、もう調べはついていますし隠そうとしても無駄ですよ」


 そう言って商人笑顔を浮かべるネラさんに初めて焦りを感じましたが、すぐに同情するかのような表情に変わったのを見て落ち着きました。

 少なくとも、吹聴して周るような悪質な事はしないと。


「また精霊ですか」


「正解です。でも今回は魔王に付けました。おかげで確信に至ったという訳です。まあ、色々と疑問に思う事は多々ありましたからねえ。魔水晶といい、魔力といい、魔術の練度といい。他にも、容姿が似ている所とかですね」


 わたし、もう今後隠していける自信なくなりました。

 ネラさんだからと油断し過ぎですね。

 でも同時に、多大な恩があるわたしの弱味を握ろうとは何事かとも思いますが。


「いや、でもこれはここだけの秘密ですよ。というか、少しでもお手伝いが出来ればと思ってのことですから心配しないでください」


「嘘だったら殺します」


「嘘じゃないですよ。一商人として約束は守ります。命に賭けても」


 ……なら信じるとしましょう。

 まあそもそもの話、わたしをどうにかした所でネラさんには損しかありませんしね。


「それで、早速何か手伝ってもらえるんですか?」


「はい。取り敢えずは変装のお手伝いをさせてもらおうかと。精霊の力も借りて、根本から」


 それはとても興味深いですね。

 見た目だけじゃなくて、元からと。


「それじゃあお願いします。師匠監修の元ですからね」


「僕の信用の無さ!まあでも良いですよ。僕も少しずつ恩を返さないといけないですし」


 意外とわかってるじゃないですか。

 それでこそ商人というものですね。


「まあそれはさておき、博士大丈夫ですかね?」


「どうでしょうか。博士のせいで決別するどころか深入りしてしまう未来しか見えませんが……」


「案外頼りになるかもしれませんよ」


「そうかもしれませんが……まあ、なるようにしかなりませんね。それにしても、ヘルンちゃんとネラさんの二人では駄目なのですか?」


「厳しいというだけで不可能ではありません。ですが、交渉は難航するでしょうね。互いに良い感情は欠片もありませんから。でもお二人ならその障害はありませんし、不足の事態にも対処出来るだけの力は持ってますからね」


 詰まる所、わたしたちは体良く利用されろと言う事ですか。

 まあわたしたちがやらかしたことですので文句も言えませんけど。

 でも、いや、それにしても……。

 というわけで、わたしは行きたくもない聖王国に中立国を代表して赴くことになりました。

 とは言え、精神的には苦しいもののやることは比較的楽なものです。

 まあ、交渉とは言いますがわたしからすればお使いのようなものです。

 ネラさんとヘルンちゃんの要望を呑ませるだけですから。

 そうしてわたしは、再びやってきました。

 今度はお忍びではない、使者として正面から。

 ばっちり変装はしてますけど。


「お待ちしておりました使者殿。わたしはこの国の外交大臣を務めさせて頂いておりますルグシオンと申します。まだまだ若輩者の身である故、失礼なことがございましたら何でも申し付けてください」


 そう言って深々と頭を下げる外交大臣のルグシオンさん。

 まだ役職に就いたばかりなのか、若輩者という言葉通り随分と若い。

 各大臣に与えられている色彩強めな高位服が致命的に似合わない程に。

 とは言え、そんなこと堂々と言えるはずもなく。


「ああいえいえ、大臣様もお若いのにしっかりしておられるようですので、わたしから言うことは何もないと思いますよ。それでは。わたしは中立国より使者として参りましたルールーと申します。こちらは……わたしの付き添い人です」


「えっと、ルールー様とお付きの人ですね。ではご案内します」


 やや戸惑いながらもそう言って入り組んだ城の中を先導してくれる大臣さん。

 ちなみに、この城に入る前に身体検査を受けさせられた後、更に魔力測定器なる魔具を使われましたが、師匠のお力により魔力の量だけじゃなく質も偽っている状態だった為、わたしが大賢者とは気づかれませんでした。

 やっぱり師匠は凄いです、その力の理屈は全く分かりませんでしたが。

 そうして長く枝分かれした廊下をしばらく歩いた後、一際大きく立派な装飾が施された扉の前に連れて来られました。


「中で皆さんお待ちです。席は入ってすぐ目の前にございますので、聖王様の許可が下りたら着席下さい。ではお入り下さい」


 簡単に流れを指示されると、すぐに中へと通されます。

 向こうも万全、いや、あまり時間がないから手短にということでしょうか。

 部屋の中に入ると、縦に配置された無駄に長いテーブルがあり、左右にずらりと並んだ椅子の列。

 そして目の前にはわたし用の椅子が一つ。

 急に付き添い人という形で連れてきた為に博士の椅子はありません。

 それを心苦しく思うも、相手に対応させない為の策なので一旦割り切ります。

 後からお詫びの一つや二つ用意しようと思いながら。

 そしてテーブルの一番奥、正面に座する人物こそが、この国の聖王。

 髪、髭、肌の色、そして服装すらも白く、如何にも潔白であると言わしめんばかりの色合いですが、その腹の内はドス黒いもの。

 初対面の時はその柔和な笑みに騙されてしまいましたが、この王宮内に蔓延る負の循環はこの老人が原因と言っても差し支えないものです。

 はあ、あの頃から何も変わっていないのですね。

 そんな相変わらずな聖王の壁として、左右には十人の重鎮らしき中年が座っており、いずれも大臣としての役職を持っている為立場的には偉いのでしょう。

 しかしこちらを格下に見るような目を向けるのはどうかと思いますけどね。

 もうこの時点で交渉どころではない気もしますが……まあいいでしょう。

 こっちはただ言われたことをするだけですからね。


「ではお座り下さい、使者殿」


「失礼します」


 そうして席に座るや否や、重鎮たちの視線が鋭くなる。

 最早言葉ではなく、わたしたちの一挙一動で敵になるかどうか決まるかの勢いですね。

 こうなってくると下手に口を出せないものですが、ここで引いては元も子もありません。


「ええ、早速ですが。魔王様と代表から伝言を預かって来ています」


「伝言だと?はっ、どうせ停戦協定の話だろ?馬鹿な、そんなもの受けるはずがないだろうが」


「その通りだ。我々が異教の者たちに与えるは死のみ。神の教えを無碍にし、剰え魔の者共と手を結ぶなど言語道断。今は大した兵力は送れんが、戦が終われば貴様らなど一瞬で滅ぼしてくれるわ」


 予想はしてましたけど散々な言いようですね。

 それ程までに神は大事な存在なのでしょうか?

 結局、人というのは勝手に生きて死ぬだけです。

 大小の差はあれど、幸福と不幸が折り重なっていく過程の中で。

 例え不幸に満ちていても、それを神のせいにするのは筋違いというものをわたしたちは知っています。

 人は運命を変えられる。

 自分自身の力で、それでも足りない時は周りの手を借りて。

 泥水を啜ってでも生き続ければ、やがて光を見る日がやってくる。

 その為にも努力し、日々を大事に生きる必要があるのではないのでしょうか?

 まあ、でもそんなことを語っても仕様がありません。

 今もああだこうだと喚き散らす中年たちには呆れるばかりです。


「聞いておるのか!はあ、これだから異端者共は……」


「それくらいにしておけ」


 ここで初めてまともに聖王が口を開いた。

 まだ何か言いたそうな重鎮たちではあったが、聖王の命とあらば聞き入れるしかない。

 そして聖王は、全てを見通していた。

 そう、全てを。


「ふむ。やはり変わったな、クラリウスよ」


 姿は勿論、声も魔力さえも変えているというのに、こうもあっさり気づかれるなんて……。

 でも、動揺さえしなければやり過ごせるはず。


「この者があの大賢者クラリウスであると!?王よ、気は確かですか?」


 そうそう、もっと言ってやってください。


「お前たちよりクラリウスとは儂の方が付き合いが長いはずだ。いくら偽ろうと儂を誤魔化すのは出来ん。だが、まさかここで再開するとは思わなんだ……」


 ……どうやらカマをかけられている訳ではなさそうですね。

 あれはもう、確信まで至っている。

 ですが態々正体を明かす必要もありません。

 この際、聖王には認知されていようが構いません。

 他の者たちの目さえ欺ければ後はどうとでもなりますからね。


「話が脱線しているようですので、一度話を戻させて頂きます。では聖王様にお聞きします。わたしたちとの停戦協定、受理して頂けるでしょうか?」


「そんなもの」


「条件付きでなら構わん」


「聖王!」


「儂の意見に逆らうことは神に逆らうということ。それでも尚、我を貫くか?」


「い、いえ、そのようなことは」


「ならば良い。さて、条件というのは簡単よ」


「……聞きましょう」


「お前に、再び大賢者としてその腕を奮ってもらいたいのだよ」


「……わたしにそのような力はありません」


「謙遜することはない。もうすでに大賢者は超えておる。超越者と言っても過言ではない力をな」


 やはり全て見抜かれている。

 神眼と呼ばれたその目にはやはり本来の魔力が映っているようですね。

 全く、厄介どころの話じゃありませんね。

 これでは師匠の施してくれた変装も無駄になってしまいます。

 ですが、他の重鎮たちは今も半信半疑と言った様子。

 聖王の目は確かでも、魔具がそうでないと一度証明してしまっているからですね。


「仮にわたしがそのような力を持っていたとして、聖王様が求める協定への条件は以上でしょうか」


「儂からすればお前さんが戻ってくるだけで協定以上の価値は生まれると思っておる。だが、この場にはまだお前さんをクラリウスと認めぬ者が大半だ。だからその力、見せてもらうことは出来るか?それが出来ないのであればこの話はなしだ」


 はあ、ごめんなさい、ヘルンちゃん。

 仕事増やすことになりそうです。

 でもネラさんがきっと頑張ってくれることでしょう。

 微力ながら、わたしたちも手伝いますから。


「ふむ、成る程。その様子だと、快い返事は貰えないようだな」


「はい。この度は、貴重な御時間を頂きありがとうございます。次に会うのは戦場になることかと思われますが、その時は悔いの残らない戦いにしましょう。それでは」


「待て。勝手に話を終わらせるでないわ」


 その声色は、普段の柔らかな印象とはかけ離れたものでした。

 荒々しくもあり冷ややかなその声は、一瞬で場の空気を変えました。

 重鎮たちも口を閉ざし、緊張感故か脂汗を滲ませていました。

 やっと、本性を露わにしましたね。


「クラリウス、お前さんがそちらにつくとなれば、我らは英雄の力を集結せねばならぬ。だが遠方にまで走らせている故、招集するのもままならん。お前さんが話を持ち帰り、すぐにでも戦を仕掛けられれば我らは負ける。それこそ、最後の切り札を使わなくてはいけない事態になってしまう。それだけはなんとしてでも回避したい」


「つまり、何が言いたいのですか?」


「お前さんにはここで、死んでもらう」


 その瞬間、部屋全体に歪な紋様が浮かび上がりました。

 死を彷彿とさせる、黒い光を放って。

 魔力の反応から、攻撃ではなく妨害の魔術であることは即座に理解しました。

 そして、その効果すらも。


「魔術が、使えない?」


 本来魔術は内に流れる魔力を抽出し、そこに命令式を与えることで現象として機能します。

 ですが、取り出せるはずの魔力を取り出せないとなると魔術は当然発動しません。

 でもそんな当たり前のものより、そもそもそういう魔術が存在すること自体、わたしは今の今まで知りませんでした。

 世界各地を見て学んだわたしですら、こんな魔術見たことも聞いたこともありませんでした。

 こんなのまるで、魔術師を殺す為だけに創られたような……。


「死ね!魔の手先め!」


「大賢者かどうかは知らんが、この空間ではお前はただの女だ!大人しくくたばれ!」


 重鎮たちが一斉に術式を展開、魔術の構築に入りました。

 何故この空間でも魔術が使えるのか、それは一眼でわかりました。

 全員が揃って同じ腕輪をしていたのです。

 あれを身につけているおかけで魔力の流れを阻害されないのだと。

 でもそれに気づいたところで意味はありません。

 わたしには対抗する術がないのですから。

 なんて、情けないことなのでしょうか。

 たった一手で、わたしはこうも無力になってしまうものなのかと。

 悔しい、その思いで胸が締め付けられました。

 これでは、博士の隣に立つ資格なんて……。


「死ねえぇぇぇぇっ!!」


 わたしなんて一瞬で灰にしてしまうであろう火球が一斉に飛んできます。

 火事になる心配はしていないのでしょうか。

 そんな能天気なことを考えてしまう程、わたしはすっかり自分の弱さに打ち負かされていました。

 今までして来たことは無駄だったのかと、そう思ってしまいました。

 ですがそれを、無数の火球と共に吹き飛ばしてくれる人影がありました。


「なっ、素手で我が魔術を!?」


「ふむ……」


 重鎮たちは困惑し、聖王は警戒の眼差しを向ける中、付き添い人こと博士は堂々と胸を張り言いました。


「ルールーよ、そう落ち込む必要はないと思うぞ。なんせこうまでしないと勝てない程、ルールーは強いってことだろうからな」


「あ」


「ルールーは敵に準備されるぐらいの強さは持っている。なら、後はこっちも準備するだけ。だろ?」


 はあ、この人は本当に……。

 ここまでくると計算していたのかと思いたくなる程、魅せるには完璧なタイミングでしたね。

 まあ、計算であっても嬉しいですよ。

 これも惚れた弱み、というものなのでしょうかね。

 …………いや、あまり女々しくなるのは辞めましょう。

 なんか、こう、寄りかかってしまいそうで。


「ここは任せてもらおうか。偶には、男らしい所も見てくれ」


 ああもう、そんなこと言われたら、


「はい。頑張ってください」


「おう」


 もう二度と、自分の無力を嘆くようなことはしません。

 だから、今この時だけは頼らせてください。

 一人の女性として。


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