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釣りは旅

 聖王国、そう名乗る国がある。

 全ては神に導かれるべきであるという教えを説き、神からの御告げを聞くことが出来るという巫女姫の元、日々より良い世界を築く為に祈りと御告げの実行に心血を注ぐ国。

 まあ志は高いだけに、お金や権力に固執するのが非常に残念でなりませんが。

 わたしはそんな醜い欲望渦巻く王宮を嫌って聖王国を離れたのです。

 それがなんの因果か、こうして戻ってくることになるなんて。

 人生、何が起こるかわかったものじゃないですね。

 まあ、今のわたしは変装していますからね。

 博士からも別人になったとの御墨付きを貰ってます。

 気楽、とはいきませんが、外を出歩ける程度にはなっていると思います。

 そしてわたしたちは早速目的の海に、と思っていましたが早速の寄り道です。


「ルールーよ、教えてくれ。見たところ魔具のようだが、これは何に使うんだ?」


「ああ、それは撒き餌用の魔具ですね。筒の中に魚の好きそうなものを入れるとすり潰してくれるものですね」


「は?そんだけ?え、んなもん素手ですればいいだろ」


「そういうのが苦手な人の為のものですよ。それでもって、頻繁に釣りをする人にとってはこっちの方が安いんですよ。手間は確かに掛かりますけどね」


「めっちゃ人選ぶじゃんこれ。つまり、多くの人にとっては」


「博士、それ以上は言っては駄目ですよ。魔具なんてもの、作れること自体が難しいんですから。これは所謂初等部の試作品みたいなものです。期待するだけ損ではありますが、それでも数には限りがある貴重なものなのです」


「ふ〜ん、そういうもの」


「そういうものです」


「成る程、じゃあ俺がおかしいのか」


「全くその通りです。これでネラさんの気持ちも少しは理解出来ましたか?」


「まだちょっと信じられない、てのが本音だけどねえ。でもこれはこれで世界に通用する技術だと思うと誇らしいのよなあ」


 そう言って博士は穏やかな笑みを浮かべました。

 どこか遠い誰かに向けたかのような、それでいて安堵していたところが少し気になりましたが。


「それで博士、結局のところどうするのですか?」


「ん?釣りに行くよ?その為に来たと言っても過言じゃないんだし」


「じゃあなんで魔具店になんて寄ったんですか」


「ただ気になっただけだけど?いやあ、それでも新しい発見があったから良かったよ。うんうん、じゃあ行こっか」


 相変わらずの好奇心と行動力。

 森の中でも変わらない様子に、外界恐怖症も治ったのではと勘違いしてしまいます。

 なぜ勘違いなのか、それは博士の警戒心は未だ薄れるどころか強まっているのですから。

 何かあってもすぐ動けるようにと、常に周囲に気を配り力を漲らせています。

 ほんの些細なことでも起ころうものなら思わず力が溢れる程に。


「きゃあっ」


「ぎゃああああっ!!」


 扉を開け、外に出た直後に通行人とぶつかりそうになる博士。

 相手も驚きますが、博士のそれは非にならないものでした。

 声の大きさ然り、地面を踏み砕いた脚力然り。


「ああすみません、お気になさらず。それよりも、お怪我の程はありませんか?」


「え?あ、ええ、大丈夫よ。じゃ、じゃあ、これで……」


 通行人の女性はあまりの出来事に関わらない方が吉と判断したのでしょう。

 言葉少なめに足早に去っていきました。

 何はともあれ、すぐにでもここを離れるべきでしょうね。

 あまりにも周りの視線が痛いです。


「ほら、早く行きますよ」


「あ、うん、はい」


 ただ歩く分には問題はなさそうですが、少しの刺激ですらこれですからね。

 まだ場所は選んだ方が良さそうですね。

 とは言え、敵意のあるなしでここまで感知に差が出るとは驚きです。

 あの殺伐とした森の中では敵意しか向けられないものですから、それ以外の気配は感知する意味がない、むしろ気に留めるだけ無駄だったということでしょうか?

 いや、そんなことを考えるよりも後始末ですね。


「まずは視界を遮って」


 空気中の水を収束、それを一気に蒸発させることで人工的な濃霧を発生させます。

 その間に砕かれた地面を修復。

 そうして何事もなかったかのようにその場を後にしたのですが、やはり目撃者が多いのはまずかったのかもしれません。

 転移で海まで移動したものの、多くの人が魔具店の方角に急ぎで向かっているのを見て、騒ぎはかなり大きくなりそうな予感がしてなりません。

 魔術師の方に直接見られたということはなかったと思いますが、それでも事が事ですからね。

 わたしが使用した魔術がどれだけ高度なものだったのか、それを理解出来ずとも現象をただの魔術で片付けるには無理があるというもの。

 少なくとも、わたしと同じことが出来る人間はまずいないと、そう自負していますから。

 それでも博士の存在だけは隠し通せたと思います。

 博士の力、技術は世界を揺るがしかねない程に強力なものです。

 わたし程度ならいざ知らず、今はまだ公には出来ません。

 研究にも支障をきたすことを間違いなしですからね。


「さて、これからどうしましょうか。こんな状況ですし、釣りは断念するしか……」


「いや、ここまで来たんだ。逆にしよう」


「ですが、それはあまりにも」


「やろう!なんせ今の俺はテンションが天井を突き破っている状態だからだ!この世界で見る初めての海!まあ、海の色から潮の匂いから何も変わらないけど、それでも初めての海なんだ!だからっ、俺は釣りがしたい!」


「そう言われましても……」


 渋るわたしを前に、博士は駄々をこねる子供のようにわたしと海を交互に見るを繰り返します。

 はあ、仕方ありませんね。

 ここは助手として、最善を尽くすことにしましょう。


「雨の中でも平気ですか?」


「うん?いやまあ、それは全然大丈夫だけど?え、ってことは」


「ふぅ、では、行きます!」


 最大出力で解き放つ魔力の波動が砂浜を荒らしに荒らしますが、今はこの暴れ狂う魔力を制御することに全神経を集中させます。

 僅かな気の乱れが魔力の暴発、最悪の場合死に至ることも考えられますからね。

 そして練りに練った魔力を遥か上空へと打ち上げます。

 やがてそれは国全体を見下ろせる高さに到達すると、その場で停止し高速で回転を始めます。

 時が経つに連れて徐々に大きくなる渦の流れが広がり、それは周囲に存在した雲を余すことなく呼び寄せ一つにして行きます。

 次第に暗雲が立ち込め、国全体に影を落とした時、ぽつりと一粒の水滴が頬に降ってきたのを合図に、豪雨が降り注ぐことになりました。

 ちなみにわたしは全身に風を纏っている為、雨風は全て遮られ濡れる心配はありません。

 博士はずぶ濡れでも全然気にしていませんけどね。


「うわあ、やっぱり何回見ても凄えなあ。俺には天候を変えるなんてこと出来ないから。まあ、流石と言ったところだな。……いや、なんで俺こんなに上から目線なんだよ馬鹿タレが。いやあ、有能過ぎて俺泣きそうだわ。そう、これが普通の反応だよな?」


「ただよくやったと、そう言って下さるだけで充分ですよ」


 そんなわたしの質素な回答に、ええ〜と不満の声を漏らす博士ですが、別にわたしは褒められる為にやっているわけではありません。

 まあ、ちょっぴり嬉しかったりしますけどね。

 でもやっぱり、博士の不可能を可能にしてあげられる、これに限ります。

 足りない部分を補うことが出来る、これが助手として求められているものではないのかと。

 その役割を果たせるだけで、わたしは博士の隣にいられるという自信を得られるのですから。


「さ、早く釣って早く撤退しましょう。急な雨に驚いて人々が引っ込んでいる今が好機なんですから」


「そうだな、って言いたいところだけど、そんなすぐに釣れる?」


「大丈夫です、わたしが呼び寄せます」


「魔術ありきの話だった!でもこの際だから早く釣れるに越したことはないな。よしっ、やるぞ!」


 その後、数分もしない内に釣れました。

 魔物の中でも上位に位置するとされる海竜を。


「違う、そうじゃない」


 怒りに支配された海竜を投げ飛ばして、博士は次を狙いましたが、その後釣れるのはどういうわけか海竜ばかりでした。

 個体数も然程多いわけでもなく、深い海溝の限られた場所にしか生息していないというのに。

 そこまで考えてふと思い出したのです。

 海竜は魔力に惹かれる性質があることを。

 より多い魔力を持つ個体を雌は生涯の番として選ぶという生態があることを。

 そしてこの場には海竜に御誂え向きな魔力の塊が上空に。

 加えてわたしがばら撒く知覚誘導の魔術による二つの要因が合わさった不幸な結果というわけです。

 よって、流れ込む海竜の群れに恐れを成して他の生物は逃げ隠れしたこと間違いなし。

 このまま釣りを続ける意味もなくなったというわけです。

 念願の刺身を海の魔物で、その夢が儚く潰えた瞬間でした。

 その日は仕方なくわたしが魚を仕入れ、自宅にて刺身を頂くことになりました。

 生で食べる魚、その食文化がないわたしにとって博士の行いは狂気の沙汰と言っても過言ではないもの。

 それでも実に美味しそうに、思わず涙を流してしまう程に頬張られているところを見ると、思わずわたしも食べてみたいと思ってしまいます。

 それだけ醤油という調味料と相性がいいということでしょうが、わたしは口に入れるのを未だに躊躇っています。

 いつかは食べられたらいいなとは思っていますが、今はまだその時ではないのかもしれません。

 如何せん、醤油がああやって出てくるというのが……。



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