魚を求めて
「しっかし醤油が存在するなんてなあ。いやあ、驚きでやる気が出るってもんよ」
「何故そうなるのですか」
博士は幻の魔物、回帰天蚕の幼虫から入手した醤油なる調味料を元に何が出来るのか試行錯誤するようになりました。
とは言え、あくまでも博士の趣味に留まりそうですが。
それもそのはず、そもそも醤油自体の量が限られる他あの幼虫からでしか入手出来ないのですから。
博士曰く、穀物を原料に発酵させたものと仰っていましたが、穀物は兎も角発酵させる方法を知らないのだとか。
となると、あの魔物は難しい発酵の工程を体一つで行なっているということになります。
生態不備だけでなくその存在全てが幻の魔物、ということですね。
わたしは未だ醤油を口にすることすら出来ていませんが。
「ところでルールーよ、中立国はどうなっているのだ?」
「気になりますか?」
「う〜ん、まあネラの奴とヘルンちゃんで事足りるとは思うだけどねえ。でも近況ぐらいは知りたいじゃん?」
「まあ、向こうもお忙しいのでしょう」
然程大きくない戦でしたが、それでも戦後処理というのは少なからず発生します。
特に博士が巻き起こした天変地異と言って差し支えない破壊の痕はそれに拍車をかけていると言えますね。
味方に一切の被害はなかったのは僥倖でしたが、だからと言って天然の要塞を更地にされたのは痛手であったことは確か。
それに敵側も物的損害はあったものの人的損害はありませんでしたからね。
準備が整えばすぐにでも侵攻を開始するかもしれません。
ただ、あまりにも破壊の規模が大きかったことからも攻めるのを躊躇っている、と言ったところでしょうか。
まあ、良くも悪くも博士は役割を果たしたということです。
それでも気にかけるのはやるだけやって後は押しつけてきたからでしょうか。
博士に事務処理が出来るとは思えませんし、かと言って赤の他人と連携作業が出来るとも思えませんので、これはこれで妥当な判断だと思いますけどね。
「その内落ち着いたらここに足を運ばれるでしょうし、緊急時となれば転移してくるでしょう。気ままに待ちましょう」
「それもそっか。んじゃルールー、海に行かね?」
「…………はい?」
あれ、おかしいですね。
わたしとしたことが、聞き間違いですか。
だって、博士が自ら海に行きたいだなんて……。
「いや、だから海に行かね?折角の醤油を堪能したいんだよ。まずは刺身!俺はそう決めてんだよなあ。でもここの魔物って刺身にするにしても泥臭いし毒とか含んでるから必然的に火に通す必要があるからなあ。だから刺身に適した魔物が欲しいんだよ。まあ、この際だから普通の魚でもいいんだけど」
「その言い分だと、私が外から持ってくることも出来ますけど」
「ああ、今回はそれ無しで。いや、俺思ったんだよ。外は危険がいっぱいで、俺より強い者で溢れている。常に命の危険と隣り合わせ、そう思ってた。でもさ、そんな世界でも皆んな笑って精一杯生きてた。だったら、俺がこんなにも怯える必要はないんじゃないのかってな」
「博士……」
「まあ、それでも油断しないってことにはならないし、落ち着かないって意味では安心出来ないけどな。でも俺、ここ以外の魔物も食べてみたいしな」
少し、ほっとしました。
そして非常に喜ばしいです。
これで博士も世界を広げることが出来る。
夢を、より現実的に叶えられるように。
「そういうことでしたらすぐにでも行きましょう。あ、でも海って言ってもどこに行けば?」
「なら、聖王国で」
「え」
よりによってそこですか?
つい最近侵攻してきた国、というのもありますが、一番の問題は……。
「どうしても、ですか?海ならもっと他にもありますけど」
「だってルールーの故郷だろ?なら一回くらいは行っておきたいんだよ。それに……いや、なんでもない。で、どう?」
「……いろいろと突っ込みたいところはありますが、まあ、博士の意思は尊重しましょう。ですが、条件があります」
「と、言うと?」
「まず第一に、王宮には近づかないこと。第二にわたしたちの素性を公にしないこと。余計な面倒事が起こるのを防ぐのと、仮にも敵地ですからね。矛を交えるような事がないようにするためです。後はわたしから離れないこと。博士は目を離すとすぐ騒ぎを起こす可能性がありますから」
「あれ、俺ってばそんなに信用されてないもんなの?」
「兎に角、以上のことは守ってもらいます。分かりましたか?」
「は〜い」
あまり気分が乗らないのは事実、ですが博士の成長の妨げにもなりたくありません。
故に条件を課すことで過去と衝突することがないように立ち回る必要があります。
博士にとっては新鮮に映る景色もわたしにとっては心労にしかなりません。
特に見知った顔と遭遇したらと思うと寒気すら感じます。
ですので、きちんと準備をしてから行こうと思います。
博士には悪いですが、少し待ってもらいましょう。
こればかりは譲れない、死活問題なのですから。




