主菜
ちょっとした罠を用意しつつ待つこと数分。
思いの外早く、敵軍は装備を整えやってきました。
重厚で光沢のある鎧に身を包んでくるところを、先の博士の一撃で破損したのでしょう。
急所だけは守れるようにと、最低限の防具だけを身につけてやって来ました。
武器も遥か彼方へと飛ばされてしまった為、統一感のない歪な編成となっています。
これでは盗賊と呼ばれても不思議ではないぐらいです。
さて、そんな敵軍ではありますが、どうやら戦意だけは高いようです。
面子を台無しにされ、何も出来ずに損害を出してしまったという怒り。
おおよそ戦場に持ち込むにはあまりにも私的な感情ですが、故に一致団結、普段よりも高い連携が見られそうです。
「なんだ?あれは……女か?」
敵さんも、わたしを視界に入れられるぐらいには接近出来たようですね。
であれば、そろそろ仕掛けましょうか。
「まずは小手調べです」
普段なら圧縮して威力を高めるものですが、下手をしなくても死にそうですので、魔力の無駄遣いをしながらも暴風を巻き起こします。
「くっ、なんだこの風は!?」
「分かりません!ですが、このままではっ!」
「いや、よく見ろ!どうやら奴の魔術は一方向に限定されているようだ!ならば」
「っ!!総員、散開!」
「「うおおおおおっ!」」
敵さんはどうやら正面突破を諦め、両側から回り込むようですね。
しかし……ふふ、こうもうまくいくと存外楽しいものですね。
だって、その方向は、
「うわあああああっ!!」
「どうした!」
「気をつけて下さい!ここら一帯に、落とし穴が大量にいぃぃぃっ!」
実に圧巻ですね。
落とし穴でこうまで熱狂するものでしょうか。
とは言え、まだ馬が主な移動手段ですからね。
落とし穴に落ちれば無事では済まないでしょう。
命に支障はありませんが、落下の衝撃で満足に動くことも出来ないのではないでしょうか。
仮に無傷だったとしても、穴も結構深く掘りましたからね。
這い上がるのも困難なのではないでしょうか。
というわけで、魔術も満足に扱えない騎士たちは穴に落ちたが最後、戦線離脱が確定する訳ですね。
「隊長!あなただけでも前に!うああああっ!」
「お前たち、すまない。だが、お前たちの分までこの命、燃やすとしよう!」
戦場で紡がれる部下と上司の絆、ですか。
外野から見る分には美しいものですが、侵攻を受けているわたしたちからの立場からすると少々腹立たしいものがありますね。
一方的に責めて来た人間が、罪のないわたしたちを悪としているかのようなその言動が。
「魔術師風情が、我ら騎士団を陥れるなど!報いを受けるがいい!」
そう言って隊長と呼び慕われていた男が剣を片手に突っ込んできます。
はあ、魔術師だからって侮り過ぎでは?
確かに、魔術師はあくまでも後方火力。
高い殲滅力を誇る代わりに長い詠唱を要求され、騎士が盾にならないと碌に機能しないお守り戦力。
ですが、それに当てはまらない魔術師もいるのですよ。
仮にも大賢者がいた国ならば、油断するのはどうかと思いますけどね。
「何故だ!何故詠唱も無しに魔術を扱える!くっ、ぐあっ!」
暴風が前に進むことを拒み、そして押し返す。
馬は横倒しになり、投げ捨てられるように落馬する男。
しかしそこは腐っても隊長格。
咄嗟に受け身を取ると、何事もなかったかのように一直線に向かって来ます。
剣を高々と振り上げ、渾身の力で振り下ろそうとしますが、次の瞬間にはその体を地面に縫い付けることになりました。
「体が、重いっ!」
「では、良いダイエット方法をお教えしましょうか?」
「愚弄するか!俺を誰と心得る!俺は」
「はあ、やっぱりラピスさんの方が面白かったですね。ああ、それ以上は結構ですよ。興味の欠片もありませんので」
「この女っ!」
「さて、あなたには一つ伝言を頼みたいのです」
「伝言、だと?」
「ではこのように。わたしたちはあなた方とは敵対しません。ですが、わたしたちに武器を取らせるということは即ち、滅びを意味します、と」
「はっ、それは脅しか?我々がその程度で押し止まると」
「では、今回の結果をどう見るのですか?あなた方に人的損害はほぼゼロ。ですが、その他には甚大な被害を被ったはずです。対してこちら側の損害はゼロ。これでもしもわたしたちが本気で殺しに来ていたら、どうなっていたと思いますか?」
「手を抜いていた、とでも?」
「人を殺せば交渉は難しくなります。それこそ、謂れようのないことを大義名分と偽り、攻め入る口実を作ることも可能でしょうね」
「ならば、俺がここで死ねば」
「では、伝言の程、よろしくお願いしますね」
半ば押し付ける形で転移の魔術を行使。
体が重力から解放された時にはすでに王宮内、細かく言うならば王室ですね。
びっくりして互いに腰を抜かす様を想像するとどこか清々しい気持ちになりますが、問題はきちんと伝わるかどうかです。
良くも悪くもそれ次第ですからね。
「ふぅ、これで一段落ですね。穴に落ちた人たちなんかはあちらが対処するでしょうから、放置で大丈夫ですが……」
問題はあの天変地異後、ですよね。
「はあ、本当に、信じられません」
山は沈み、川は蒸発。
その余波は大地を剥き出しにし、ありとあらゆるものを無へと還した。
開墾する手間を省いたと言えば聞こえはいいですが、山や川は天然の防壁。
進軍を制限し、身を隠しながらも攻めに応用出来る、使い方次第では戦況を大きく好転させる一種の武器、戦術です。
各国から矛を向けられているであろうこの状況での消失は、国防に大きな穴を作ることになるでしょう。
これから益々大変になると思いますが、そこは全てネラさんに丸投げするとしましょう。
とは言っても、真正面からなら博士とわたしの二人でどうにかなりそうですけどね。
はあ、なんだか疲れました。
主に精神的に、ですが。
博士もお疲れだと思いますし、しばらくはのんびりしたいところですね。




