開戦の予感
ネラさんが黙々と蝉を頬張る様は見ていて気持ち悪いものでした。
最初見た時、人が食べるものじゃないと騒ぎ立てていたのにも関わらずです。
普通ならあの忌々しい伝達手段により情報は得られるはずなのですが、そこは大精霊であられる師匠の遊び心が発揮された結果と言えるでしょう。
ネラさんの嫌がる姿や悶える様を見たくて魔物食関連の情報は伏せていた、あるいは詳細を省いていたそうです。
良い仕事ぶりです、師匠。
これからも一生ついていきます。
また一つ尊敬度が上がったところで、ネラさんが重いため息の後にこう言いました。
「宣戦布告されたんですよ」
ついに、恐れていた事態に発展したようです。
ぽっと出の国が目覚ましい発展を遂げているのですから、それは仕方のないことでしょう。
各国の面子というのもあるでしょうし、そうじゃなくても流れ出る人口の許容範囲を超えたのでしょう。
これ以上は国力の低下に繋がるとしての処置でしょう。
選択肢に会談というのがない辺り、徹底してライバルとなり得る芽は詰んでおこうという意志が見て取れます。
本当に、愚かですね。
そして心中荒れるわたしとは裏腹に、博士はというと。
「ふ〜ん、それで?」
と、興味がないことしかわからない返答をしました。
これにはネラさん堪らず机に突っ伏しました。
説得させる余地すらない絶望的なまでの興味の無さに、ネラさんだけでなくわたしも頭を抱えることになりました。
博士自身も理解していることと思いますが、あの中立国は魔物食発展に必要不可欠なものです。
もしもこの中立国を失ったとして、もう一度同じことをしようと思うとこれまで以上に心労が祟って来ることでしょう。
それだけで済めば容易いかもしれませんが、最悪国を乗っ取るまで考えなければいけなくなります。
それは非常に外聞的によろしくないですし、そんな中で大々的に魔物食を流行らせようというのは狂気の沙汰でしかないでしょう。
これ以上手間を増やしたくないという意味でも、限られている時間を削られるという意味でも、中立国を失うのは大きい損失ということです。
それでも尚、博士が興味を示さないというのはとある病によるものでしょう。
即ち、外界恐怖症です。
「もしかして、ただ外が怖いだけではないですか?」
勝手な憶測を結果として知るには聞くのが一番です。
そしてそれは言葉だけではありません。
その証拠に、博士はわたしの言葉に過剰な反応を示してくれました。
体を強張らせ、聞こえていないかのように明後日の方へと顔を背けたのです。
つまるところ、わたしの憶測は当たっていたということ。
「はあ、堂々と外を歩いているわたしたちが馬鹿みたいではないですか。ほら、早く行って早く終わらせましょう」
「いやっ!い〜や〜だ〜!」
「ごねても事は進みませんよ。いや、ごねればごねるだけ最悪へと近づいていくんでしたね。だったら圧倒的にわたしたちの方が不利じゃないですか」
「いやいや、有利とか不利とかの問題じゃないんですけど!?」
「じゃあ手伝ってください」
「え、僕!?」
「他に誰がいるっていうのよっ!」
「えっと……君?」
「「はあ?」」
師匠と二人声が揃ったことにちょっとの高揚感を覚えつつ、しかしネラさんの他人任せな態度が気に入らなくて蹴飛ばしてしまいました。
「そんな理不尽な!?」
さて、役立たずのヘタレを除外したところで連れて行く別の方法を考えましょう。
いや、連れて行くなんて強引な方法では不可能に近いかもしれません。
前回の不意打ち転移は成功しましたが、現時点ですでに転移は警戒されているので、転移を行使しようと魔力を練ろうものなら即術式を潰されます。
というわけで、連れて行くではなく、行きたいと思わせる方法を考えるのです。
「ですがそんな妙案、すぐに思いつくでしょうか……」
「弟子ちゃんはいったい何をそんなに悩んでいるのよ」
「博士を連れ出す方法です。嫌々な今の状態では難しいので、自主的に行きたくなる何かがないものかと」
「?そんなの簡単じゃない。魔物食を志す者、魔物を求めるのよ!」
「外に、ですか?」
「当たり前じゃない!でも興味が出るものが良いわよね。あっ!そうだわ!多分まだ知られていない幻の魔物がいるんだけど、どうかしら?」
「……何か具体的に、特徴とかありませんか?」
「見た目はちょっとアレだけど、でもそれの出す蜜が調味料として最強なのよ」
「調味料、ですか」
「ちょっとその話詳しく」
「え、博士!?」
き、急に近づいて来ないで下さいよ……。
心臓に悪いです。
とは言え、興味を持ってくれたなら上々です。
ですがこの後はどうするのでしょうか?
「え〜気になるぅ?じゃあ教えて上げる!今から来る軍隊返り討ちにしてくれたらね!」
まさかまさかの釣りでした。
しかし博士、そう簡単には頷きません。
「心配しなくてもいいわよ?だって満足しないなんてことは絶対にないんだから!大精霊であるわたしが保証するわ!」
師匠、そう言える根拠がないですよ根拠が。
さっきも言いましたが、具体的な何かがないと頷かないのでは。
「う〜んまあ、大精霊が保証するなら…………うん、わかった」
あれ、なんか意外とあっさり頷きましたね。
「だが、一つ条件がある。頼むから、後方支援に徹させてくれっ……」
それは痛いくらいの心からの叫びでした。
すぐに症状が改善するとは思っていませんから、それくらいは譲歩しましょう。
戦力になることには変わりないのですから。
「ですが博士、外で動けるのですか?」
「いや、動けん。だがしかし!俺にも一応考える頭があるわけだ。ならばこそ、対策も出来よう。というわけでこれだ!」
「これは……マントですか?」
「その通り!だが注目すべきはその高い隠密性能にある。カマキリさんの体組織を編み込むことで、このマントを羽織っている間は姿を完全に消す事が出来るのだ!音や気配、匂いなんかは消せないけど」
「それでも充分ですよ。ていうかそんなもの作ってたんですか?」
「え、え?ちょっと待ってくださいよ。姿を消せるマントってなんですか?高く売れるどころの話じゃないですよね?」
そう言って割り込んで来たのはネラさん。
博士が作るものは基本的に国宝級のものばかりですからね。
外を知らないだけに、本人は対したものではないと思っていますが。
ですがネラさんは価値の比較が出来る人です。
故に、こういう話が出ると煩いくらい食いついてきます。
仮にも中立国始まって以来の危機なのですから、管理者として少しは自覚ある行動を心掛けて欲しいところですね。
「なんだネラ、欲しいのか?」
「え、貰えるの?」
「材料がないからなあ。また今度大鎌切が出たら作ってやるよ」
「い、いいの?よっしゃあ!ありがとう!」
「だけど仕事しろよな」
「あ、すみません……」
博士が叱ることは極めて珍しいことですが、それが功を成したようです。
それからネラさんは静かになりました。
自分が話に参加しても大したことは出来ないと理解してのことでしょう。
懸命な判断です。
何故なら、この場の面子を考えればまともな作戦など立てませんからね。
この場合、常識的な思考が足を引っ張ると言っても過言ではありません。
そして話し合いの結果、わたしが前線に立ち博士が遠距離での攻撃を担当することになりました。
ちなみに、中立国の人々には変わらず生活をするように指示を出すことにしました。
即席で軍を構成する案も出ましたが、訓練も何も出来ていない以上余計な混乱を招くだけと判断した為です。
何より、博士が参戦する以上これは勝ち戦も同然です。
外界恐怖症の為本来の力を発揮出来ないでしょうが、それでも人外と言っても差し障りない力です。
自分より強い人間はいくらでもいると言っている博士ですが、現実を見れば多少は前向きになるかもしれません。
そう思うと、これから起こる防衛戦も有り難いと言うものです。
戦後の後処理が大変になると思いますが、そこはネラさんに頑張ってもらいましょうか。




