精霊
事件はやはり唐突でした。
周囲に張り巡らした結界に反応がありました。
その反応は最早馴染み慣れたものとなっており、大した警戒はしていませんでした。
扉を開けるその時まで。
「やはり来ましたか」
「え、もしかして僕も監視されてるんですか?」
「………」
「え?いや!ち、違いますよ?これはあくまで情報収集の一貫でして、商人としては生命線のようなもの」
「ちょっと、表に出ましょうか」
「ええ、えっと……死にませんか?」
「さあ?どうでしょうね?」
「あ、じゃあ取り引きしましょう?博士の秘密なんかどう」
「問答無用です」
「い、嫌です!嫌だあぁぁぁっ!!」
これが来訪して僅かの出来事です。
前々から不思議に思っていました。
誰にも共有していないはずの情報を何故か知っていること。
どこにいようが、迷いもなくわたしたちの元に辿り着けること。
これまで全て、商人とは情報が命ですから、の一言で済まされてきましたが、今回のことでその秘密が明らかとなりました。
それは意思なき精霊と呼ばれる、名を与えられていない準精霊と呼ばれる精霊の力を借りわたしたちに付けていたというもの。
そもそも精霊は、名を与えられることで初めて個としての自我を獲得します。
ネラさんに付き纏っている精霊は数ある準精霊の中でも高位の存在で、常人でも視認出来る程の膨大な魔力を持っているのですが、今回はその大精霊の力をも借りているようです。
まあ、精霊を視認できるということ自体が極めて特殊な為、精霊を伝達係として扱うという超常的な手段に思い至らなかったわけですが、これによりどこで何をしていようと精霊同士の思念伝達により直接情報を知ることが出来ていたというわけです。
おかげで研究成果や今後の計画案などは勿論のこと、人様には言えない赤裸々な話すらも盗み聞きされていたのです。
到底許されるものではありません。
乙女の秘密を暴くなど大罪以外の何者でもありません。
よって現在、秘密の記憶を消去するべく拷問を行っています。
「あばばばばばばば」
「もうやめて〜。これ以上されたら死んじゃうわ〜」
「あばばっ、がふっ、ほ、本当に死ぬからね!?」
「これも自業自得なのよ。あたしはやめておいた方がいいって言ったんだからねっ」
「へえ……忠告されていたはずなのに?やってしまったと」
「ち、違いまばばばばばば」
すぐに言い訳を述べようとする辺り、商人としての意地汚さが出ていますね。
それは商人をやっていくのに必要なのは理解出来ますが、ことプライベートにおいては控えて欲しい限りです。
人間関係の構築は容易くとも、その維持を怠るのは商人として失格なのではないでしょうか。
というわけで、稲妻の出力を上げさせて頂きます。
「いだだだだだだだだだ」
「報いを受けるのよ。そして強くなるの。それが契約主の定めなんだからねっ!」
そうして壊れた人形のように感電するネラさんを横目に踊り出す精霊さん。
「随分と楽しんでますね。ご主人様が辛い目に遭っているというのに」
「さっきも言ったと思うんだけど、これはどう考えてもネラの自業自得なのよ。悪いことは裁かれるべき、当たり前なのよ。まあ、これもネラの成長にも繋がるかしら。だからビシビシいくのよ!」
そう言って鳥の姿ながらに器用に拳を構えて見せる精霊さん。
今更の話になりますが、何故鳥なのでしょうか。
それも異様に長く太い嘴を携えて。
「あ、今なんでこの姿なのかって思ったでしょ。思ったわよね?」
「……思いませんでしたと言ったら嘘になりますね。ですがその姿、不便ではありませんか?」
「不便?そうね、不便よ。でもこの姿の方が見ていて飽きないと思わない?それに……」
「それに?」
「わたしの真の姿は綺麗過ぎて、ネラの精神衛生上よろしくないのよ……」
ただの自慢かと思いきや、そう言う精霊さんは困り果てていると言った様子。
同情するつもりは微塵もありませんが、少なくとも女性絡みのことはネラさんに期待出来ないかもしれませんね。
あれ、それならば何故わたしには平然とした態度で話せているのでしょうか。
…………ちょっと稲妻の出力が弱くなった気がしますね、少し上げておきましょう。
「ぎゃっばばばばばばば!」
突然出力を引き上げたからか、ネラさんが奇怪な悲鳴を上げようとします。
ですがすぐに感電状態に移行した為に半ば塞ぎ込まれることになり、その様子に思わず吹き出してしまうところでした。
すぐ隣からは抑えることなく笑い声がしますが。
「どうして博士もここにいるのですか?」
「ん?だって一人残されるのは寂しくない?」
「そんな理由で、ですか?」
「親友がどうしてこんなにボコボコにされているのか気になって」
「いや、何故それが最初に出てこないのですか?」
「心配してます、が最初に来たらちょっとキモくない?」
「まあ、男同士ならなんとなくわかる気がしますが……って博士?」
普段から我が道を行く博士なので、すること成すこと受け入れ偶に流すくらいで対応してきました。
ですが今回ばかりは流石のわたしも看過することは出来ませんでした。
何故なら博士は、あろうことかネラさんにかかっている稲妻の魔術を握り潰したのです。
「何をしているのですか?」
「ん?何ってこれから記憶を消すんだろ?」
「はい?」
記憶を消す?
いや、魔力がない博士では魔術どころか魔具を動かすことさえ出来ないはず。
ならばどうやって……。
「まあ、当たり具合がよければ死なないか」
ま、まさかとは思いますが、博士が今からやろうとしていることってショック療法なんじゃ……。
「それは洒落にならないからあぁぁぁぁっ!!」
バサッと羽ばたく音が聞こえたと思えば、精霊さんが博士とネラさんの間に割り込みます。
しかしすでに博士の拳はネラさん目掛けて一直線。
いくら精霊さんと言えど博士の拳を受ければ存在が消し飛びかねません。
いや、ネラさん相手の拳であれば手加減されているはずです。
ですがわたしの目には、どうしても博士が手加減しているようには見えませんでした。
このままでは二人諸共……。
そんな最悪が脳裏を過りますが、同時にそうならないのではとも思いました。
だって、博士ですからね。
自分でもよくわからない信頼感を抱きつつ見守ることに決めました。
その直後、とてつもない衝撃が大地を駆け抜けます。
予想もしていなかったその衝撃に思わず尻もちをついてしまいますが、周りに倒れるものがなくて心底ほっとしました。
周囲の木々もなんとか根っこが仕事をしてくれたようで倒れることはありませんでした。
はあ……いえ、本当に助かりました。
「しかし、まさか博士の拳を受け止めるだなんて」
そう、精霊さんは折り重ねた植物の盾を形成、更に濃密なまでの魔力を注ぐことで硬度を増し、地面から伸びる蔓から衝撃を逃すことで破壊の拳を受け止めていました。
随分な荒業ですが、これも悠久を生きる上で身につけた経験、類稀なる才能によって実現しているものです。
そもそも、あの一瞬とも差し支えない間にこれだけのことを実行出来ること自体有り得ないことなのです。
到底、わたしには再現の仕様がありません。
今後は師匠と崇めてもいいかもしれません。
「これはいったいどういうつもりなのかしらねっ!」
すっかり激昂した精霊さん。
その証拠に形成された盾が槍状に変化し、ゼロ距離で博士目掛けて放たれます。
「あ、これまずいやつだわ」
博士が初めて見せる焦りに、わたしも心躍るものがありました。
それは知らなかった一面を知ることが出来た喜びに加え、魔術でも博士に対抗し得る、つまり並び立つことが出来る可能性があるということです。
これは本格的に弟子入りをお願いしようかと思います。
そんなわたしの密かな野望を他所に、博士はその場からその姿を消します。
そうして対象を見失った槍は、ギリギリ視認出来る程度の速さでしたが、その威力は言うまでもなく全てを貫きました。
木や岩、山すらもそこに何もないかのように抵抗なく。
しかし賞賛するべくは恐るべきその威力ではなく、研ぎ澄まされた魔力です。
通常、魔力は練り上げる量が多い程制御に多大な負荷がかかります。
故に強力な魔術となれば対象のみならず、周囲にも多大な影響を与えるということが一般的な認識です。
ですが先程の槍は、ただ一点のみを貫きました。
周囲にもたらされるはずの衝撃や余波すらも威力に変換したのです。
わたしは震えました。
魔術の頂きがあるとするならば、間違いなく今目の前にあるのだと。
「ちょっと速すぎるのよ!本当に人間なの!?」
「落ち着こ?」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!急に後ろから話しかけないでくれるかしら!?」
「驚かしてめんごめんご」
「全然誠意が感じられないんだけど」
「いや、俺は嬉しいんだよ。こんなに、ネラのことを真剣に思ってくれる奴がいるということがな。ああっ、うっ、うぅ……」
「ちょ、何で泣くのよ!?」
「んで、ルールーもこれでわかっただろ?こんだけネラの奴は大事にされてるんだ。悪いことにはしないだろうし、誰かに話すなんてこともせんと思うが?」
「え、今の嘘なの?ねえ、嘘なの?」
「そうですね。あれだけ必死になられたら、わたしもこれ以上はできませんよ」
「無視?あ、無視なのね……」
こうしてネラさんの独断による忌まわしき一件は、その身に痛みと今後の毒味役を引き受けることに加え、わたしたちの監視その他情報に関しても覗き見ることを禁止することで終息しました。
毒味はまあ、今更でしょうけどね。
そして精霊さんに弟子入りをしました。
これからは師匠と呼んでいいそうです。
非常に、喜ばしい限りです。
主人であるネラさんにはまだ怒りを覚えますが、これからは顔を合わせる機会も更に増えるでしょうから、そこは出来るだけ流せるように努力したいところです。
最後に、ネラさんから一言。
蝉は意外と有りかもしれない、ということでした。




