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油蝉

 清々しい朝です。

 もういっそのこと、何もかも消し去ってしまいたい程に。


「うるせぇんだよボケえぇぇぇぇっ!!」


 外から怒り心頭の博士の声。

 直後、爆発音と共に衝撃が家を揺らします。

 その後も、森を破壊し尽くす勢いで騒音の駆逐にかかる博士。

 何故朝からこんな事態になっているのか。

 それは騒音を撒き散らしては眠りを妨げ、魔物を遠ざけ研究に支障をきたす害悪。

 その正体は油蝉。

 鳴き声が油を上げる音に似ているからと名付けられたそうですが、もう食べる気しかない命名に思わず笑ってしまいましたが、この名前を付けたのは魔物食を志すよりもずっと前とのこと。

 博士の前世にも似たような生物がいたようで、なんでも夏が来ると一斉に鳴き始めるそうです。

 まあ、この世界の方が規模は大きいとも言っていましたが。

 そんな訳で、わたしも駆除のお手伝いに出掛けることにしました。

 しかし、駆除と言っても数が数ですので、丸一日の作業になりそうです。

 そう考えただけで憂鬱な気分になってしまいますが、研究材料の確保という点だけで言えば有り難いことです。

 いくら失敗しても替えがいくらでもあるのですから。

 そう考えると、これまで失敗を前提にした挑戦的な料理に挑んだ試しはないので、これはこれでいい機会かもしれません。

 そう、半ば無理矢理前向きな気持ちへと整理したところで、目の前の木に駆除対象がいました。

 わたしの殺気などそよ風の如く流しながら、呑気にも盛大に鳴き声を響き散らかしていました。


「ああ、そうですか。そっちがその気なら」


 魔力を限界まで圧縮させます。

 手の平の上で渦を巻く高密度の魔力を感じながら、わたしの苛立ちを具現化するように魔術は荒れ狂います。


「手加減なんて不要ですよね」


 制御しようなどとは考えず、ただ感情の赴くままに放たれた竜巻が、対象へと吸い込まれるかのようにうねりながら突撃します。

 すると不意に鳴き声が止まります。

 しかしそれは危険を察知したからではなく、ただ力を溜めるものでした。

 それに気づいた時は本当に焦りました。

 慌てて風の防音壁を構築すると同時に地面の窪みに身を隠します。

 直後、辺りを振動させる程の断末魔のような鳴き声が響き渡ります。

 その音波は度を過ぎていて、あろうことかわたしの魔術を掻き消したのです。

 しかも防音対策をした上でも耳がとれるのではと錯覚する程の音。

 まともに受けてしまっては鼓膜が破れるどころの話ではありませんね。

 それに何より、災害級でもない魔物にわたしの全力が防がれたことが悔しくて仕方ありません。

 ですがここでわかったのは、力押しでの駆除は難しいということ。

 やはり、ここは先人に習った方がいいのかもしれません。


「さてと、博士は今どこにいるでしょうか」


 今もどこかで派手に暴れているであろう博士を探すべく、探知の魔術を行使します。

 するとすぐに高速で動く反応があった為、転移の魔術で現場へ急行します。

 そして、わたしはすぐに思い知らされました。

 まるで参考にならないと。


「…………これは見なかったことにしましょう」


 博士の視界に害悪が入った瞬間、転移したかのように一瞬で距離を詰めては爆散。

 拳の一振りで止まり木諸共粉微塵にします。

 これには力を溜めるどころではなく、逃げの姿勢を見せますがそれすらも意味を成さない程の圧倒的な速さ。

 僅か数秒足らずの間に数十匹の害悪の駆逐に成功します。

 索敵もない博士がここまで迅速に排除出来ているのは自業自得以外ないのですが、騒々しい鳴き声が原因です。

 ですが、ここで一つとある問題が浮上してしまいます。

 それは、跡形も残らないその駆除方法により想定していた個体数を確保できないということ。

 一刻も早い駆除はもちろんですが、研究に役立てることも大切です。

 というわけで、わたしはわたしで爆散させることなく確保しなくてはいけなくなりました。

 ですが無策という訳ではありません。

 ここで博士の歴史を感じさせる技術を利用させてもらうことにしました。

 それは魔術を扱えない博士が当時、強力な魔物に対抗するべく会得した魔物の特徴を活かした武器作りです。

 元々各国でもこの技術は存在し、実戦でも使われている技術なのですが、博士のそれは高い威力を追求したある種の究極となっています。

 硬い甲殻をも易々と突破出来る貫通力がある変わりに、使用者を選ぶ欠陥品でもあります。

 今の博士に至るまでに作られた武器の中で、わたしが扱えるものが一つ存在しました。

 それが、大鎌切の腕を加工し作られた大鎌です。

 これが中々、わたしと相性が良いのです。

 その理由は実戦で説明しましょう。


「では、潜在能力の解放と行きましょうか」


 武器を手に取り再び転移で戻って来ると、早速と持ってきた大鎌に魔力を与えます。

 すると、わたしの魔力と反応して生前の能力が甦るのです。

 死神と呼ばれる大鎌切は、その姿のみならず匂いや音、気配すらも消す煙を霧上に散布し己の狩場を作るのです。

 当然、害悪共は突然の異変に警戒しますがそれに意味はありません。

 なんせ、警戒する対象を捉えることが出来ないのですから。

 よって、こちらから一方的に攻撃出来るようになるのです。

 これまでは修行の一環で手にすることを禁止していましたが、今回だけは例外にしておきましょう。

 なんせ、このままでは博士に何の収穫もなく全滅させられてしまうので。

 せめて話でも出来れば良いのですが、声をかける間もなくその姿は遠い彼方。

 とてもではありませんが、止める方に専念するより自分の手でやった方が早いと判断しました。

 それからは早かったです。

 無防備の相手に大鎌の一振り。

 切れ味も高いことからその体は真っ二つ。

 形を崩すことなく寸断された害悪は、斬られたことすら理解せずにその命を次々と落としていきます。

 わたし自身、死神にでもなったかのような気分になってしまいます。

 今後の修行次第では魔力を与えながらでも魔術が使えるようになると、更に戦術性が上がるのですけどね。

 そうして約半日、あれだけ騒がしかった害悪はすっかりその姿を消し、ようやっと静寂が訪れました。 


「ふぅ、これで今日はなんとか熟睡出来そうです」


 そう、積み上げられた大量の害悪の亡骸を眺めながら呟きました。

 死神気分というのも、偶には悪くないかもしれませんね。






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