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ラピス1

 

「ようこそお越しくださいました。ささっ、こちらへどうぞどうぞ」


 とは、博士の台詞です。


「あ、ああ」


 これにはラピスさんも苦笑いです。

 さて、本日は博士の外界恐怖症を治すべく、対人訓練として比較的難易度の高いラピスさんをお連れしました。

 ですが、博士の対応は存外慣れているものです。

 それはというと、博士がいる場所が我が家だからです。

 とは言っても人外魔境の最高峰である、滅びの森が安寧の地というのは、控えめに気が狂っていると言えるでしょう。

 しかし、博士には幼少期よりこの森で育ち馴染んだ場所ですから、落ち着くというのは博士視点からすれば理解出来るものです。

 ラピスさんは生きた心地がしないと言っていましたが。

 そして何故、そんな外界ではない我が家での集合かと言うと、本来の博士の姿を確認してもらうのと同時に、顔合わせをさせるためでもあります。

 山鯰を捌き振る舞った時、博士は終始誰とも目を合わせることはありませんでした。

 そのためか、ラピスさんとはただその場に居合わせただけであって、その存在は認知されていなかったようなのです。

 これでは話になりません。

 そこで顔合わせを行うことになったのですが。


「お前、これをどうすれば同一人物だと思えるのだ?」


「ですよね」


 ラピスさんからの前評価は、不釣り合いな人間というものでした。

 莫大な力を持ちながら、精神がそれについてきていない欠落者だと。

 ですが、今し方接した博士は、不気味な程に堂々としていました。

 それがラピスさんを混乱させます。


「でも、緊張はしていると思います。博士が直に会話したのは、ラピスさんで四人目ですから」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。わたしで四人目だと?お前と魔王様を入れると、後は話に聞くネラとかいう友人だけということになるが……」


「博士は捨て子だったようです。それから、一人でこの森を生きてきたと」


「……信じ難い話だな。だが、赤子のまま放り込まれた訳ではないのだろう?誰か、育ててくれた人間がいたのではないか?」


「それがですね、博士は産まれてすぐにこの森に捨てられていたそうです。ですが、とある魔物に拾われたと言っていました」


「とある魔物?まさか、魔物に育てられたとでも言うつもりか?」


「詳しくはわたしも。ですが、その可能性は高いでしょう。なんせ、ここは人類未到の地として名高い滅びの森なのですから、何がいても不思議ではありませんからね」


「早く来いよ〜」


「はいはい。それではラピスさんも」


「…………わかった」


 こうしてラピスさんは、博士の我が家へと足を踏み入れることになりました。

 未知に対する不安と恐怖を感じながら。

 主に、博士のことですが。

 そしてわたしたちはテーブルを囲むことになりました。

 ラピスさんの目の前には手のひらに乗る程度の比較的丸い、薄い茶褐色の物体が。

 当然、これは何だと博士を睨みますが、博士は得意気に胸を張るばかり。

 わたしにも同様の視線を向けてきますが、首を横に振ることで諦めたように元に戻します。


「まさか、こんな度胸試しが待っていようとはな……」


 ラピスさんは何やら覚悟を決めかねている様子ですが、博士が料理を振る舞うのは歓迎している何よりの証です。

 もしも歓迎する気がないのでしたら、そもそも我が家になんて招きません。

 心を許すに値すると、そう博士が判断したからこその料理です。

 この際、美味しいかどうかは問題ではありません。

 食べてくれる、その事実が信頼関係を築く礎となるのです。

 まあ、半分は意見を聞いて研究に役立てたいという理由でしょうが。


「くっ、魔王様の為にも死ぬわけにはいかない。だが、ここで臆すれば近衛隊長の恥!ならば、魔王様の顔に泥を塗らないように、この命使い切るまで!」


 いや、命までかけなくてもいいのではないでしょうか。

 ああ、流石の博士も頬が引き攣っていますね。

 多分、そんなに不味そうなのかと言いたいのでしょうね。

 しかし、食べるまではまだわかりません。

 ラピスさんは腹を括ったのか、フォークを片手に全神経を皿へと集中させます。

 若干、料理とは意識が外れている気がしないでもないですが、それは言うだけ野暮というものなのでしょう。

 そして、無言の緊迫感が部屋を満たす中、ラピスさんはフォークを突き立てます。

 その瞬間、サクッという音が響くと同時に食欲をそそる野生的匂いが溢れ出ます。

 これにはラピスさんも興味を持ったようで、あれだけ拒否感が強かったにも関わらず料理を口へと運びます。

 そして、ついにラピスさんはそれを口へと入れました。

 サクサクと小気味の良い音を立てながら咀嚼する様子を、博士は真剣な表情で見ていました。

 やがてゴクリと飲み込む音が聞こえると、ラピスさんは徐に博士の方へと向き直り、こう言いました。


「持ち帰ることは、できるのか?」


 この台詞が出るということは、即ち博士の料理が認められたということ他なりません。

 博士の顔一杯に、笑顔が広がります。


「おうよ!追加はじゃんじゃんある!好きなだけ持っていけっ!」


「それは助かる。しかし、これはいったい何という料理なのだ?もしや、人間共の間では普通なのか?」


 そう聞いて見るものの、すでに博士はその姿を消しており、代わりに台所から慌ただしい音が聞こえます。

 ラピスさんはその時点で、問いの答えをわたしに求めてきました。

 多少の呆れが見てとれるその表情に、今は慣れた懐かしさというものを感じました。

 ですが、今後それなりの付き合いになることは確定です。

 ならば、もう慣れてもらうしかありません。

 助言という助言は出来そうもありませんが。


「そうですね、比較的こちらでは家庭的な料理だと思います。これは唐揚げと言って、原料となる大鯰の切り身に醤油とすりおろした生姜で味付けをし、更に少量の酒と胡椒、刃蛇の油を入れたものを小麦粉で覆い揚げたものです」


「う、うむ……。その、なんだ。いろいろ突っ込みたいところはあるが、そもそもこれは食べても大丈夫なものだったのか?」


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。まず、毒と言っても熱しているので無害ですしね」


「これ毒が入っているのか!?なんてもの食わせるんだ!」


「まあまあ落ち着いて下さい。確かに、熱を入れる前の刃蛇の油には神経性の毒が少量含まれています。ですが、熱することにより毒は分解され、酸味だけが残るのです。これが唐揚げの後味をさっぱりしたものとさせるのです。最初は毒ですが、気にすることではないかと」


「結局は毒ではないか!」


「細かいですね……」


「当たり前だろう!こんなもの、魔王様に献上出来ないではないか!」


 なるほど、それが本当の目的でしたか。

 まあ確かに、忠臣という立場からすれば毒は少なくても駄目でしょう。

 ですが、ヘルンちゃんのことはこの際考慮しなくても、実際に食べた本人が良いのであればそれで構わないのですが……。


「はあ、仕方ない。貰える分は全て、わたしが食べようではないか」


 そう言って口角が僅かに上がるラピスさん。

 忠誠を誓う魔王様には兎も角、自分が食べる分には問題無さそうです。

 これならなんとか博士の相手も務まりそうです。


「それではラピスさん、博士の用が済み次第ということで」


「わかっている。だが、わたしの出る幕などあるのか?こう言ってはなんだが、あれはこの森で活動させた方がお互いの為でないか?中立国には、お前が来ればいいだろう」


「まあ、それが妥当でしょうね。ですが、これからのことを考えるとやはり、博士の外慣れは必要です。中立国の防衛然り、内のいざこざ然り。それに、博士が研究している魔物食も実用化には程遠いです。なんせ滅びの森の魔物がほとんどなのですから、供給することがまず困難です。全てが無駄というわけではありませんが、どちらかというと富裕層向けのものになるでしょう。基盤は出来つつあるので、後は外の魔物と触れ合い、その食料化に着手して欲しいところですが……」


「はあ、お前たちぐらいのものだな。魔物と触れ合うだなどと戯言を言うのは。それに、魔物食という概念もな。……して、ふと思ったのだが、外の魔物を研究したいのであれば、実際に連れ込めばいいのではないか?別に生きていなくともいいのだろう?」


「はい。ですが、その必要はありません。博士にはその精神の奥深くまで根付いた意識を改めてもらう必要があるので、実際に現地調達をしてもらおうと考えています」


「例の大衆の一部に過ぎないという考えか。わたしは自分の力に驕り、増長する者こそ嫌いだが、油断しないという意味ではいいのではないか?」


 ラピスさんの言うことも一理あると思います。

 一人の戦士として見るのであれば、その考えは尊重するものであり、模範となるべき姿であるのは間違いないでしょう。

 しかし、それ故に博士の世界は今もこの森の中にしかありません。

 それではもっと広い世界を知ることは出来ません。

 それに、博士は理の外の知識を有していることやその強大な力を持っていることもあり、可能性は正に無限です。

 まず間違いなく、世界に大いなる流れを作ることが出来るでしょう。

 ネラさんも恐らく、そう思っているはずです。

 博士に振り回されながらも、欠かすことなく支援を続けているのが何よりの証拠なのですから。


「博士の最大の武器は何者にも縛られない自由です。今の博士にとって外界恐怖症というのはただの枷でしかありません。これは世界にとって多大なる損失です。例え、人間や魔人が総力を上げても成し得ないことでさえも、博士なら実現させることが出来るのですからね」


 そう強く断言したわたしの言葉を聞いて、ラピスさんは微妙な顔を浮かべていました。

 半ば意見を否定されたようなものですし、それだけの途方もない力が、果たして博士にはあるのかという懐疑的な感情によるものでしょう。

 ですが、近い内にわたしの妄言も現実となるでしょう。

 その時の慌てふためく姿が、今から楽しみです。



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