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山鯰3

「して、これをどうするのじゃ?」


 ヘルンちゃんのなんでもない一言で場は我を取り戻します。

 博士を引き止めるのに必死なわたしと、我が家へと帰りたがる博士。

 人外の力を目の前に硬直するラピスと、何やらぶつぶつと一人呟いているルーフ。

 一同は、一斉にわたしに顔を向けます。

 ですが何故、博士もわたしを見るのでしょうか。

 博士とわたし、同じ主催者側だと思うのですが……これはわたしの思い違いだったのでしょうか?

 まあ、こちらに留まったとしても足が竦んでしまうようですし、直接助けになるわけではありませんが。

 ですが、ただそこにいてくれるだけでも安心感は違います。

 博士はわたしが知る最強なのですから。

 今はその鳴りを潜めているだけであって、何れその力を存分に発揮できる日が来るでしょう。

 その時までの辛抱だと思えば、この場は一人でこなして見せましょう。

 別に、滅びの森で狩りをするわけではないのですから、戦力的にも不満はありませんし。


「それでは、まずは解体から始めましょう。とは言え……」


「何か問題でもあるのか?」


 すっかり立ち直ったラピスが、首を傾げて自らの得物に触れます。

 ……まさかとは思いますが、その剣で解体するつもりなのでしょうか。

 普通、こんな雑用に愛剣を使うものですか?

 確かに切れ味は良いのでしょうが……。

 そんなズレた疑問を抱きながらも、ヘルンちゃんは全てを理解してくれていました。


「いや、問題なら山ほどある。じゃが、一番の問題はこれじゃろうな」


 そこまで言って、ヘルンちゃんは瞬時に魔術を構築、魔物に向けて強烈な風の刃を飛ばします。

 それは鋭く短い音を発すると、魔物の体に瞬く間に到達します。

 ですが、刃は魔物の鱗を切り裂くどころか擦り傷一つつけることなく霧散してしまいます。


「見ての通りじゃ。鱗にはどうやら魔術を散らす阻害効果がある。まあ、それを抜きにしてもあれを切ることなど不可能に近い。ラピス、お主の剣でも無理であろう?」


「悔しいですが、確かにその通りです。流石は魔王様ですね!」


「本当に悔しがっておるのか?ま、まあよい。つまり、あの鱗を突破するにはどうすればよいか、ということじゃが、貴様には何か考えがあるのか?」


「そうですね……」


 結論から言うと、切ることは出来るでしょう。

 わたしの研ぎ澄ました渾身の一撃であれば、鱗の魔術阻害も意に返すことなく一刀両断に出来るでしょう。

 ですが、ここで一つ問題があります。

 それは切るだけに留まらないということです。

 つまり、威力が高すぎて切るだけでなく、中身までも吹き飛ばしてしまう恐れがあるということ。

 これもわたしの実力不足が全てなのですが、乱すことなく全ての魔力を操ることが出来ないのです。

 一本の刃であれば問題はないところを、わたしは最後に爆発するというおまけ付きなのです。

 中身まで魔術阻害の効果があると思える程、わたしも楽観的ではありません。

 そんな食材を無駄にするようなこと、博士の前では到底出来ません。

 ですので。


「ヘルンちゃんにお願いしましょう」


「やはり、そうなってしまうのか?」


 いや、そんなに嫌そうな顔しないで下さいよ。

 でも可愛いですね。

 ではなく、わたしでは力があまり過ぎているので、丁度良い加減が出来るヘルンちゃんにお願いするのです。

 なんせ、ヘルンちゃんにはあの黒い炎があるのですから。


「さっ、どうぞ」


「ぐぬっ、まあ、薄々こうなる予感はしておった。何故我が魔物の解体などせねばならんのかと苦言を言いたいところじゃが、物が物じゃ。貴様は魔力量、魔術の威力、その規模において我を凌ぐじゃろう。じゃが、我も長いこと生きておるだけあって操る術には長けてある。適材適所というやつじゃな」


「転移魔法だけは、別ですけどね」


「逆に何故転移が使えて、他がうまく出来んのか我には理解できんのじゃが」


「今度、一緒に修行しましょう。お互いに苦手分野を克服するのです」


「……何か、良からぬことを考えてはおらんか?」


「いいえ?」


「本当か?」


 実に疑い深いですね。

 わたしも偶には愛でたいのですよ。

 ただ見るだけでなく、撫で撫でしたいのですよ。

 このような公衆の面前では憚れるものでも、二人きりならば問題はないでしょう。

 それに、魔術を操る技術の向上、これは決して嘘ではなく、むしろ今後必須となるもの。

 魔力が増え、魔術の開発が進めば進む程必要になってきます。

 故に、ただ私欲の為だけに動いているわけではない、そう言えるのです。


「まあ、これもいろいろ落ち着いてからの話です。それよりも、早く解体してしまいましょう。新鮮な内に食べる方がきっと美味しいはずです」


「わかっておるわ。ゆけっ!黒炎よ!」


 ヘルンちゃんは、最大火力の黒い炎を放ち魔物を燃やしていきます。

 いくら魔力阻害があろうと、それすらも燃やし尽くすその黒い炎は、しかし絶妙に調整されていることもあってその鱗のみを焼却します。

 そうして山とも思えたその魔物は、分厚い鱗がなくなったことにより、一回りその大きさを小さくさせていました。


「うまくいきましたね。それでは早速、切り分けていきましょう」


 そう言うや否や、ラピスとルーフが飛び出しました。

 二人の横顔からは何やら必死さが伺えます。

 まあ、全てをヘルンちゃんに任せていては部下として面目が立たないのでしょう。

 ヘルンちゃんからすれば、そんなことになってしまいそうですが。

 言葉を借りれば、適材適所、というものがありますからね。

 ですが、今回は役目を譲るつもりのようです。

 部下想いの良い上司ですね。

 さて、まずはラピスが腰に下げた鞘から剣を抜き放ち、目にも止まらぬ速さで斬りつけていくところから始まりました。

 すると、次々と手の平に乗る程度のブロックへと斬り分けられていく魔物。

 そして分けられたそれを、ルーフが脚に集中して強化魔術を付与することで、これまた目にも止まらぬ速さで回収していきます。


「ふむ、中々良い調子じゃな。流石は我の近衛隊長じゃ」


「あれで近衛隊長、ですか」


「貴様からすればそうなのじゃろうが、我ら魔人の中ではトップを争う者たちじゃ。無論、人間の中で太刀打ち出来るものなどおらんじゃろう。貴様を除いて」


「博士も、ですよ」


「あれを人の枠に入れても良いのか?いっそのこと鬼と言われた方がしっくり来るぞ」


「確かに、この世界の常識に全く当てはまらないですからね。そう言われる方が納得できます」


 そうこう言っている間にも、見る見る内に小さくなっていく魔物。

 この調子なら、問題はなさそうですね。

 そうしてしばらくして、魔物はその姿をブロック状のものへと変えました。

 やはり、量は尋常ではありませんが。

 ブロック一つで一人前としても、これを中立国の人々だけで食べ切るには些か過剰過ぎます。

 ですので、半分は保存食にすることにしました。


「これでいいのか?」


「はい、大丈夫です」


 そして目の前に広がるのは紐に吊るされた魔物の肉。

 ブロック状のものを立方体から長方形にし、更にそれを切り開いたものですが、これが中々面倒でした。

 切って開くだけであれば魔術で一瞬でしたが、くくりつけて吊るすまでが地獄でした。

 ここばかりは、ルーフさんの存在は有り難いものでした。

 身体強化が出来ないわたしにとっては、救世主以外の何者でもなかったからです。

 そして、もう半分はというとラピスさんに一口サイズに切ってもらいました。

 わたしは魔術の精度が粗いため、魔術で一気に処理しようにも出来ません。

 かと言って一つ一つやっていては終わるはずもありません。

 ですが、ラピスさんの正確無比な剣捌きにより一瞬でブロックはカットされていき、こちらの作業が終わる頃にはすでに大皿に並べられていました。


「ふふん、どうじゃ。我らが近衛隊長たちは」


「素晴らしいですね。わたしも、もっともっと修行しないといけませんね」


「それ以上強くなってどうするつもりなんじゃ?」


「いいえ、強くなんてありませんよ。博士と並び立つ為には、お二人の技術もものにしないといけませんね」


「成る程の。まあ、精々頑張るのじゃな。二人は幼い頃から積み重ねてきた厳しい修練の末、今に至るのじゃ。人間の短い生の中で会得しようなど無理な話じゃ」


「それでも、やるしかないのです。まあ、ある程度は目処も立っています。なんとかなるでしょう。そんなことより」


「え、そんなことより、なのか?」


「早いところ人を招待しましょう。魔物食を堪能してもらうのです」


「そ、そうじゃな。新鮮さが大事、じゃったか?して、どうやって振る舞うのじゃ?今から調理でもするのか?」


「それはより美味しいものを食べて頂くのであればそうします。ですが、今回はあくまでも体験です。すでに実験用の分は冷凍保存済みですので、本格的なものはまた後日、試行錯誤しながらやっていきたいと思います。今日は、これです」


 わたしが手にしたのは大きな鍋です。

 ヘルンちゃんは呆けた表情で瞬きするばかりで、何をするのかわかっていないようです。

 わたしも、博士から聞くまでは知らなかった調理法ですので、知らないのも無理はないかもしれません。

 まず、水を鍋一杯に入れていきます。

 その後、鍋を溶かさない程度に熱し、沸騰させます。


「ん?その後はどうするのじゃ?」


「これで終わりです」


「は?」


「後は、これに切ってもらった白身を、こうやって揺らすようにサッと通すだけです」


「それは、調理とは言わんのではないか?それにもっと加熱した方が良いのではないか?ほぼ生じゃろう、それ」


 確かに、わたしもそう思いました。

 ですが、この魔物は熱に非常に弱いのです。

 それはわたしがすでに実証済みの事実です。

 そんなものに直接火を通してしまえば、身は簡単に焦げ、崩れてしまうでしょう。

 そうならないようにと、以前教わった調理法です。

 確か、しゃぶしゃぶでしたか。

 つゆと呼ばれる調味料のようなものと合わせるとより美味しくなるとのことでしたが、博士はまだ再現には至っていないようで、試しに作ってみては首を傾げていたのを覚えています。

 まさか、実践する日が来ようとは思いもしませんでしたが。


「ものは試しです。はい、あ〜ん」


「なんじゃそれは。いや待て、一人で食べられるわ。だから口に寄せるのはやめるのじゃ。その、なんじゃ。子供のようで、恥ずかしいからの……」


「はい、あ〜ん」


「聞いておるのか!?」


「魔王様にそんなこと、したいです!」


「させないのではないのか貴様!」


「ラピスさん、今いいところなのですから邪魔しないで下さい」


「あのぅ、すみません。皆を集めて来たのですが……」


「ルーフ!ナイスなのじゃ!」


 むぅ、折角のチャンスだったのに。

 まあ、本来の目的を果たすとしましょう。

 しゃぶしゃぶは誰でも手軽に出来るので、そう難しいことでもないでしょう。

 そしてわたしの予想通り、しゃぶしゃぶはすぐに浸透しました。

 最初は抵抗感こそあれど、すぐにその抵抗も消え失せ、楽しそうに食べられていました。

 元が美味しいというのもあるのでしょうが、普段とは違うという新鮮さも相まってより一層旨味を引き出しているのでしょうね。

 では、わたしも頂くことにしましょう。

 あ、博士にも持っていかないといけませんね。

 今頃、一人寂しく蹲っているでしょうから。


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